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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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そっと「後押し」を いのちに響く講話

2012年2月28日付 中外日報(社説)

「『スミマセン』より『ありがとう』と思うようにしませんか」。高齢化や雇用難など諸問題が山積して生き難いこの社会で、「決して人の世話になるまい」と気負うのではなく感謝してそれを言葉にすれば、「お互い様」の人間関係そして社会につながる。『そっと後押しきょうの説法』(幻冬舎)の巻頭の話はそう説く。

自死念慮者支援などの活動をする浄土真宗本願寺派の住職やその仲間の10人の僧侶が交代で、テレビの早朝ニュース番組でした講話74話を集めた近刊書だ。

宗派は多様。例えば日蓮宗住職は「偉大なるマンネリ」と題し、毎朝満員電車に揺られて出勤し深夜まで働くサラリーマン、来る日も来る日も家事に追われる主婦が「自分の人生って何だろう」と思う気持に、「何気ないその繰り返しが社会を動かし、家庭を育み、未来にいのちを受け渡す役割を担っているのです」と諭す。

引き合いに「私たち僧侶はもう千年以上も毎朝同じお経を読み続けています。それで仏様の貴重な教えが受け継がれたのです」と話しながら、分かりやすい語り口で決して経典の専門用語は出ない。

「自分らしく生きたいと思いながら周りの人を見渡していました。でも今の自分をあるがままに認めた時、自分らしく活き活きと生き始めました」「もうこれ以上頑張れない。つまずいた時こそ初めて出会うご縁があります」「草取りは『苦悟り』です」

どの話も「朝」の時間に合わせ、わずか1ページ半、600字余りの短さ。共通するのは、人が陥りやすい固定観念からの転換、自分を追い込む思い込みからの解放というテーマだ。それが日常生活を背景に、仏教というベクトルを働かせた方向性を指し示している。そして、「こっちだ」と引っ張るのではなく、タイトル通りに「そっと後押し」している。

平易な語りの本は、既に法話を工夫している宗教者たちには「釈迦に説法」かもしれない。だが単に字面ではなく、この言葉を「檀家」ではない一般の人々がどんな状況でどう受け止めるかを想像すれば、そこに見えるのは「現場性」だ。そしてそれは話し手たちの世間や寺での普段の行動に裏打ちされていることが分かる。

こんな話もある。「立場が違えば見方も異なります。意見が衝突した時こそ、お互いに一息ついて相手の心中を思いやりましょう。相手がこう考え、こう行動するのはなぜか。相手の立場も考えて出た答はきっと今までとは違うものになるのではないでしょうか」