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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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何となくファジー 原発めぐる雰囲気

2012年1月28日付 中外日報(社説)

間もなく東日本大震災発生から1周年である。2012年の新年は、ファジーというか、曖昧さの漂う年明けだった。

地震・津波の被害の大きさに加えて、東京電力福島第1原発からの放射性物質拡散が、全国に危機感を広めた。当然、多くの人々が脱原発を求め始める。全日本仏教会をはじめ、宗教界からも原発廃止を求める宣言が出された。菅直人前首相は昨年5月に静岡県の中部電力浜岡原発の停止を要請し、同電力はそれに応じた。やがては国内の全原発が廃炉に向かうとの期待が高まった。

だが秋から年末にかけて、政財界の一部に、安全が確認され、地元自治体の同意があれば、一部原発の存続を認めようとの雰囲気が広がり始めている。電力の絶対量が不足するとの危機感や、安い電力を供給しなければ企業の国際競争力が低下するとの主張が支えとなっている。政府の「40年で廃炉」案は、例外規定付きだ。

しかし、次第に原発の稼働基数が減るのは明らかである。それを直ちに埋めるには、火力発電所をフル稼働させるしかない。火電を動かせば、煙突から二酸化炭素などのガスが排出される。地球環境浄化への取り組みに逆行することになる。

2009(平成21)年9月の国連総会演説で、当時の鳩山由紀夫首相は、温室効果ガスの25%削減を宣言していた。しかし、昨年12月の第17回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP17)では、日本は実質的に鳩山公約を一時棚上げする形となった。

一部参加国との綱引き折衝が長引いていること、それらの国を含めての新たな枠組み構築を目指していることにもよるが、事実上、鳩山公約を守れる状態にないことも底流の一つであろう。つまり、火力発電所の電力に頼らざるを得ないということだ。

さらには、水力発電も増強しなければならない。八ツ場ダム建設工事再開は、脱ダム路線の修正を象徴するものだ。昨年9月の紀伊半島豪雨では、発電用ダムの放流が下流の水害を引き起こしたと抗議が出たが、降雨量が想定外だったと反論された。被災した住民は、では何のためのダムだったのかと割り切れぬ思いだ。

脱原発、脱ダム、火電抑制の誓いが、なし崩し状態になりかけているともいえる。宗教者は今こそ正遍知(正しい知見)の指導性を発揮してほしい。放射能雨を恐れるあまり、ペットボトル入りの水が店頭から消えた1年前の混乱を忘れてはなるまい。