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宗門制度の成り立ち 歴史的再検証も必要

2012年1月21日付 中外日報(社説)

現在の宗門のさまざまな制度には固有の、あるいは共通の歴史的成立事情がある。例えば、僧階の名称は僧正、律師等、律令制度の僧綱に由来するものや、塔主、蔵主など禅院の役職に基づく法階名が今も用いられる。それらは元来、官職や役務の実体を持っていたが、明治になって僧官が廃止されても名称だけは残り、僧侶の地位の上下関係を表示している。

僧階、法階は住職としての資格にも関わり、宗門内の席次を規定するものでもあって、制度は厳密に定められている。その意味で重要ではあるが、個々の僧階の名称がかつて意味していた制度上の役割を特別に意識する人はほとんどないだろう。

宗門は、宗祖以来の教えや伝統を守りつつ、このように時代の変遷と共に実質が変容してしまった形式を残している。と同時に、国の政策や方針で押し付けられ、あるいは引き受けた制度に今も強くとらわれ、または依存している部分がある。功罪併せ持つ檀家制度を例に挙げれば分かりやすいだろう。

例えば臨済宗では、僧堂で一定の期間修行することが、住職になるために必要な法階を取得する条件になる。例外措置を認めるなど宗派によって違いがあるが、最も厳しい大徳寺派では最低3年間、大本山の塔頭住職になるには5年以上の修行が要求される。

しかし、最近、妙心寺派の調査によって、僧堂修行の年数(僧堂歴)が住職就任の基準になったのは明治以降であることが判明した。江戸時代までは、修行を経て然るべき力量を備えていると宗派の組織の中で認められた者が住職に推挙されていた。「年数」という基準が設けられたのは、住職任命の近代的な制度が行政側から要求されたためだ、という。

これは客観的に見て、僧堂歴の基準を設けたことで僧堂の制度が守られたという大切な側面もある。一方で、「年数」だけが独り歩きし、修行内容が問われなくなった、という批判も出てきている。

宗教教団のあり方は、国の制度や政策と一線を画していると胸を張りたいところだが、実際にはその強い影響を受けてきた。時代の大きな変わり目には、社会と宗門の制度のズレが拡大し、宗門だけが取り残される、ということもあり得る。制度の成り立ちにさかのぼって再検討すれば、守るべき本質的なものと、時代的条件に左右された変えてゆくべきものの違いも見えてくるはずだ。今、再検証が必要ではないか。