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阪神・淡路大震災の教訓を思い起こそう

2012年1月17日付 中外日報(社説)

「震度6や7で直下型の地震というのは何千年、何万年という単位の災害だ。そういう確率を想定して、都市はつくれない」

東日本大震災の話ではない。阪神・淡路大震災の発生翌日、当時の笹山幸俊・神戸市長が、インタビューした筆者に語った言葉である。各所で火災が発生、長田区では一昼夜以上燃えていた。「震度7」で水道管が寸断され消火できない。極限状態での取材だった。笹山氏は昨年末亡くなったが、今あらためてその言葉を思い出す。

実は筆者自身、神戸には大地震がないと思い込んでいた。わずか400年前の1596年、築城間もない伏見城の天守閣が大破するなど京・大坂に大被害のあった慶長伏見地震と、この大震災が同じ断層帯の活動によるらしいと知ったのは、その後のことである。

一部の地震学者は懸念を表明していたという。市はそれを押し切る形で「震度5」を想定した都市計画を進めたが、例えば水道管がより堅固なものであったなら、犠牲者はもっと少なかったはず。だが、笹山氏は「水道料金が高くなり市民に負担がかかる。平時なら必要ないといわれる投資だ。その点が難しい」とも言った。

結果として阪神・淡路大震災の人災的側面は否めないが、氏が語っていたように全国どこの都市でも同じ惨禍を見ただろう。氏の言葉を今では未来への警鐘だったと理解したい。問題は、東日本大震災を挙げるまでもなく、その警鐘が受け継がれていないことだ。

当時の取材録を読み返すうち、なぜか仏典のメッセージを思い浮かべた。『スッタニパータ』の「慈しみ」の一節である。

「目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸いであれ」(中村元訳『ブッダのことば』、岩波文庫)。時空を超え無量の慈しみをもって、まだ生まれていない命の幸せまで願ったものと読める。日々接する為政者の言葉と、なんと隔たりのあることか。

東日本大震災は国の対応能力不足をさらけ出し、「第2、第3の敗戦」とまで形容される。原発事故は、これから生まれる命の安全をも脅かす。阪神・淡路大震災では月日を経るにつれ被災者への連帯意識が薄れ、社会的格差が顕在化し、被災地は沈滞していった。同じわだちをたどるようであってはならない。17年目の「1・17」を、そんな思いで迎えた人々は少なくないはずである。