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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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復興に求められる多角的視点と配慮

2012年1月7日付 中外日報(社説)

東日本大震災から10カ月の節目が近い。想像を絶する津波に襲われた名勝の松林で、唯一生き残った岩手・陸前高田の「一本松」。枯死の危機に瀕し、年始状にも使われたその姿が「復興への希望のシンボル」と報道されていた。

だが現地でその前に立つと、視線をわずかに動かすだけで、瓦礫の巨大な山がすぐ両側に何百メートルも続いていた。眼前の浜辺近くは建物群が引きちぎられ、えぐられた地面に腐敗した海水がよどんでいる。立っている足元、土砂で応急整備された道路はトラックが猛烈な砂埃を上げて行き交う。

振り向くと千数百メートル向こう、山麓までの広大な平地は、集落などが根こそぎ消失し見渡す限りの廃虚だ。「壊滅」というのはこういうことを言うのかと感じさせる、工事関係者以外に人影さえ見えない状況に接すると、都会のマスコミが「希望のシンボル」というのは、「大文字送り火」の騒動と同様に、誇張された「ロマン」ではないかとさえ思われた。

もちろん地元の人々がそれに希望を託すのは大きな意義がある。だが年改まってなお、復興への道のりを考えると気が遠くなるこの厳然たる事実は、継続的に報道されねばならないし、この国がしかと見据えなければならない。そして情緒に流されず、なおその地で生きる人々に失われた故郷を返すために、大局的にあらゆる施策を駆使して当たる必要がある。

同時に、ミクロの視点も大事だ。釜石では全滅状態の市街地の建物のことごとくに「要解体」の赤旗が立てられているが、「立ち会い希望」との所有者の書き込みが目立つ。古びていても親の代から眼鏡店を続け、家族で暮らした二階屋が重機で取り壊されるのを、店主は唇をかんで何時間も見守っていた。どの家も同じだ。

人々もそうだ。「私たちは忘れ去られるのではないでしょうか」「もう被災者と呼ばないでほしい。惨めなんかじゃなく、困っているだけだ」。そんな訴えを何度も聞いた。肉親を亡くした遺族たちには別の思いもあるだろう。

わずかに残る個人宅の避難所や仮設住宅で、「酒が飲みたい」という声が出る。ずっと支援を続ける地元の住職は「何を贅沢言ってんだ」と笑い飛ばしながらも、次の日に5合瓶を下げて行った。

苦難の中で人々が生きてゆくには、物心両面で大きくも小さくもさまざまなきめ細かい支えが必要だ。節目が来ようと来まいと決してそのことを忘れてはならない。例えば利他行。宗教はそこに力を発揮することができるはずだ。