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原発依存社会は将来に禍根残す

2011年12月15日付 中外日報(社説)

豊かな自然は「子孫への預かり物」という米国の先住民族のすてきな言い伝えがあるそうだ。命を育む大地への畏敬の念と慎みに根差す普遍の真理と思うが、生活の利便性と快適さを求めるあまり、将来世代への責任を看過しがちなのは現代人の通弊というべきか。取り扱いの困難な大量の核廃棄物を「負の遺産」として残す原発は、その最たるものだろう。

福島の事故を踏まえ内閣府原子力委員会が原発の発電コストを試算したら、従来の政府試算より最低でも5割高になるという報道が先日あった。事故の損害費用などを加算したためだが、奇異なのは放射能漏れ事故の発生確率を「40年に1度」としていることだ。原発1基当たり2千年に1度の発生確率と想定し、日本には50基余の原発があるから――という理屈のようだが、ずいぶん怖い話である。世界では430基余、建設中や建設予定も含め700基を超す。しかも日本は諸外国に原発を輸出するという。

「仮設住宅や借り上げ住宅で人生の終幕を迎えることは絶対できません」。福島県の避難住民の悲痛な投書が某紙に載っていた。そもそも原子力委の試算は他の発電とのコスト比較が目的だ。帰宅のめどが立たない数万人もの「原発難民」の痛切な思い、被ばくの影響への不安に目は向いていない。

原発が将来にわたり破局的な事態を招く可能性をはらむことは語り尽くされた感があるが、さらに深刻な問題は増え続ける核廃棄物だという。福島の事故まで全国の原子炉から年間約千トンの使用済み核燃料が発生し、処理が進まないため1万㌧を超える量が各原発に貯蔵され、容量が限界に近い原発もあるようだ。だが、世界で使用済み核燃料の最終処分場が決まっているのはフィンランドの1カ所だけ。日本では一時しのぎの中間貯蔵施設の建設計画さえままならない。原発がトイレのないマンションに例えられる理由がそこにある。このままでは始末に悪い「核のゴミ」処分の負担を後世に押し付けてしまう。

本紙などによると宗教界では原発問題への関心が高まり浄土真宗本願寺派、真宗大谷派や臨済宗妙心寺派、曹洞宗大本山永平寺などの仏教主要宗派と日本カトリック司教団で脱原発依存や原発即時停止を求める動きが表立っているという。「命を犠牲にしてはならない」という宗教の立場からのメッセージは共感を呼ぶはずだ。

地球は今を生きる世代の所有物ではない。そのことを肝に銘じておきたい。