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死刑確定で終わらぬ「オウム事件」の問題

2011年12月13日付 中外日報(社説)

最高裁がこのほど地下鉄サリン事件の共同正犯、遠藤誠一被告の上告を棄却し、オウム真理教関係の一連の刑事事件が全て終結した。世界に大きな衝撃を与えたあの犯罪から16年余。一つの区切りではあるが、しかし、13人の死刑確定で、日本人の宗教観にも影響を及ぼしたオウム問題が解決したとは決していえない。

「オウム真理教家族の会(旧『被害者の会』)」は遠藤被告の上告が棄却された11月21日、声明を発表し、麻原彰晃を除くオウムの死刑囚12人の死刑を執行しないよう訴えた。同会はオウム真理教に入信した肉親を教団から取り戻すために有志がつくった団体で、会長の永岡弘行氏も脱会した元信者の父親。教団の敵と見なされ、猛毒のVXガスによる殺人未遂事件の被害者になった。

永岡会長らの思いは複雑である。地下鉄サリン事件から10年目の平成17年、本紙のインタビューで永岡氏はオウムの信者となった時に息子が言った「オヤジは人のために何ができるか考えたことがあるか」という言葉を紹介した。今回の声明では、オウムの死刑囚らがもともとは「実に真面目な青年たち」であり、「どんな若者でもたまたまオウム真理教に出あえば、死刑囚になって」いたかもしれない、としている。彼らに生きて罪を償わせて、このような事件の再発防止に貢献させるべきだ、というのが声明の立場である。

筆者の手元に、オウム死刑囚の一人が書いた十牛図の解説がある。死刑囚の精神的遍歴として美化する考えは全くないが、これを見れば、声明が「どんな若者でも……」と述べ、永岡氏が上記インタビューで「いたたまれない気持」を語ったのは理解できる。

事件以降、オウム真理教に関する報道や研究はあまた現れた。中には本質に迫るものがあるにせよ、社会全体としてオウム真理教の事件は解決済みと自信を持って言える人はいないだろう。宗教界でも事件直後はさまざまな宗旨・教義の立場から論議が行われ、研究報告などもまとめられた。だが、無常や解脱などの教義でテロを正当化しようとしたオウム事件が宗教にとって意味するものは、今も十分に解明されないまま残っている。

多くの犠牲者、被害者を出したオウム真理教の犯罪。それは、彼らの死刑執行でピリオドを打つことはできない。13人の死刑囚が存在する意味を再び考え、オウム事件が日本の社会や、宗教界に投げ掛ける問いを正面から受け止めるべきだろう。