ニュース画像
「誠」の隊旗を掲げた五重塔院で営まれた法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

原発問題への対処 正面から見据えて

2011年12月8日付 中外日報(社説)

「原発への依存を減らし…」。全日本仏教会が採択した「宣言文」は、原子力エネルギーに象徴される欲望の論理、多大な危険と犠牲とを伴う「豊かさ」への批判と、仏教精神に基づく「いのち」の尊さを訴える深いものではあったが、現に全国に存在し、放射性廃棄物を大量に生み出し続ける原発をどうするかという点には触れなかった。

大きな組織内で意見調整が困難だったこともあろうが、何とも割り切れない思いが残るのは、先に「原発国民投票」を呼び掛ける雑誌『通販生活』特集号のCMをめぐり、テレビ局が放映を断った問題とも共通する。

「脱原発時代の暖かい暮し。」とした同特集は、表紙で「原発のありようを決める権利者は、万一のときには子どもの命、ふるさとの喪失、農業牧畜漁業の崩壊を賭けなくてはならない国民一人一人です」とはっきり「国民投票」を主張している。

内容は、放射能やエネルギー問題の資料を示し、多くの識者文化人の賛同付きの「署名用紙」があり、同誌本来のカタログページでは省電力の暖房機器や衣料品、生活の工夫などを紹介している。

報道によると、テレビ局の拒否理由には「国民投票は制度化されていない」との趣旨もあったというが、ならば、立法で制度をつくればいいだけのこと。特集はそれを求めているのだ。

震災後の事態を受けてなお「原発再稼働」を主張する大メディアは、かつて沖縄の自治体選挙で基地撤去が争点になった際、「国防の根幹問題は地方選になじまない」と、地元の民意集約を否定するかのような論説を展開した。

問題の本質面ではっきりと論じず、もしも「原発批判のようなCMは駄目」「国の基地政策に反対するな」と露骨に言うのがまずいので、代わりに「手続き」や「入り口」の論議にすり替えているとしたら、巨大組織ゆえの姑息さとも受け取れる。

「檀家に原発関係者もいる」ことを理由に見解表明を困難としている教団もあるという。どんな社会的問題でも、さまざまな「関係者」が必ずいる。それをも含めた深い論議と洞察をし、指針を示してこそ、人々のいのちを導く宗教ではないだろうか。

「もう『にわか脱原発』の論評は要らない。この苦しい不安な生活に具体的対処をしてほしい」「健康調査だけしても何の処置もないなら、私たち福島県民はまるでモルモットだ」。地元の農家や僧侶の言葉が耳に残っている。