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マネーゲーム社会に宗教の経済倫理思う

2011年11月8日付 中外日報(社説)

「人の営みの最もシンプルな形は子を産み育てること」といわれる。だが、社会的関係の錯綜、とりわけ経済活動の複雑化がカネ万能のマネーゲームを招き、人が生きる原点を見失って久しい。いわゆるグローバル社会の核心は弱肉強食と拝金主義ともいえる。米国ウォール街から世界に広がった反格差デモは、そんな世情に対する若者たちの抗議と見れば分かりやすい。カネにまつわる煩悩が噴出する時代、宗教倫理はどのような機能を果たし得るだろうか。

一昔前に「カジノ資本主義」という言葉が生まれた。投機的な国際金融資本が短期的な利益を求め暴走を始めたことを指した。弊害の一つが3年前のリーマン・ショックだが、経済通によると世界同時不況を脱する金融緩和で投機資金はだぶつく一方。それが世界経済を揺さぶり続けている。

昨今のユーロ圏の経済危機を助長している一因でもあるが、投機は食糧も狙い、食糧価格を高騰させて途上国の民衆の窮乏化に拍車を掛けている。不条理の悪循環はとどまるところを知らない。

反格差デモがウォール街から始まったのは行き過ぎた市場経済に起因するとされるが、実態としてはマネーゲームで富を肥大化させてきた金融業界への怒りの表現だろう。マネーゲームは本質的に雇用を破壊し、貧富の格差を増幅する。労働の価値よりもカネの獲得を優先、自己目的化するからだ。米国は人口の1%が富の40%を独占するといわれる格差社会だが、格差の拡大に伴い中間層が没落しているともいう。末法の世を思わせる現象が世界に拡散していることが反格差デモ「国際化」の背景にあるようだ。

米国をチャンピオンとする資本主義は本来、禁欲主義を宗旨とするプロテスタントの思想に基づき発展してきたことはよく知られているが、そこに倫理観が欠落すると強欲資本主義に堕してしまう。その点「知足」を説く仏教は現実にマッチしたものといえる。しかし、日本も米国と同じ道を歩んでいるのはどうしたことか。

宗教の経済倫理は魅力のある学びのテーマだが、仏教については十分な研究がなされていないとも聞く。故・中村元氏によると、初期仏教は富の蓄積を認めつつも、その財をあまねく人々に享受せしめよと説くことにおいて本来の資本主義の精神と共通する面があるという(岩波現代文庫『仏典のことば』)。とはいえ、現下のマネーゲームは想定外だっただろう。貪欲を強く戒める仏教からのメッセージが期待される。