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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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高齢化社会の明暗 宗門の影響直視を

2011年11月1日付 中外日報(社説)

十数年前のことだが、三重県桑名市で禅宗寺院が母体となって経営する特別養護老人ホームを見学した。その折、社会福祉法人の理事長である住職から、高齢の独居尼僧を引き取ってこの施設で世話をしている、という話を聞いた。

旧門跡寺院など名の知れた寺は別だろうが、尼僧寺は寺門を支える経済的基盤が弱く、後継者が見つからない所が少なくない。後住がいれば老僧の面倒を見ることもできる。しかし、檀家も少ない寺で、病気がちになった場合、世間の独居老人と同じ境遇に陥る。桑名の特養でその実例に接した時、独居老僧の問題の深刻さに初めて気付かされた。高齢化社会の影響は宗門の内部にも深く及んでいたのである。

平均寿命の上昇で、定年後の人生が長くなった。今に始まったことではないが、社会の第一線を引退して第二の人生として「出家」を選ぶ人が存在する。無住寺院対策に悩む一部の宗派もそれに注目している。年金があれば、檀務収入に多くを期待できない寺でも存続は可能だ、という切羽詰まった事情も介在する。さらに、企業に勤めていた時のキャリアやそこで培った知見を宗教活動に生かし、宗門に刺激を与えているケースも見られる。高齢化の「光と影」の明るい面といえる。

他方、独居老僧に無縁ではない「老後の不安」の問題は、思いがけないところで宗門に影を落としている。ある宗派の僧侶に対する懲誡事例を見ると、高齢者が関わっている事件が散見されるのである。例えば、業者の誘いに乗って寺の体力に不相応な事業計画を業者任せで進め、トラブルを起こすケース。自らコントロールできなくなり、債権転がしに巻き込まれてしまった例もある。そして、幾つかの事例で、さまざまな事情が絡み合う背後に、住職の「老後の不安」が時に垣間見える。

不安を解き、人を救う立場の宗教者がそれでは困るわけだが、宗門内が世俗化する中で、一方的に糾弾するのは多少ためらいもある。しっかりした経済的基盤を持ち、後継者もいる寺ならば陥らないような穽が存在する。寺院の経済的格差が反映していると考えざるを得ない側面は見逃せない。

肉山と骨山の経済的格差は歴史的にさまざまな不合理を生み出してきたと思われる。だが、妻帯・世襲が宗派を問わず一般化した中で、この格差がもたらす意味も変化している。宗派によって事情は異なるだろうが、高齢化で広がる格差もあることを配慮して宗門の高齢化対策を考えるべきだろう。