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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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10周年と半年 「あの日」の意義は

2011年9月10日付 中外日報(社説)

「9・11」から10周年になる。様々な論議がされているが、当時の忘れられない映像が二つある。

一つは事件のまだ数時間後に米国テレビが流した、中東の国でムスリムたちが快哉を叫ぶ様子だ。あたかもテロの成功を喜んでいると思わせるが、実はまったく関係のない場面だと後に暴露された。犯人がイスラム関係者だと証拠もなく決め付け、十把ひとからげにムスリム全体に「極悪非道」を印象付ける悪意に満ちた手口だ。

その後、米国にイスラムへの憎悪が広がったのは周知の事実。その結果、首謀者とされた人物を、米軍が他国に侵入し裁判も経ずに殺害した際、米市民が星条旗を振って歓喜することとなった。

もう一つは貿易センタービルの廃虚の前で、若い女性が泣きながら「世界中の人はこの日にここへ慰霊に来るべきだ」と叫んでいた場面。確かに許せない暴挙だ。

しかしである。では「8・6」のヒロシマや「8・9」のナガサキに、あるいは1968年3月16日、ベトナム戦争で子供173人を含む無抵抗の村人504人が米軍の無差別機銃乱射で虐殺されたソンミ村を、どれほどのアメリカ人が訪れ、いや足を運ばなくともはるかに祈りを捧げているだろうか。アフガンやイラクでの犠牲しかり。テロと戦争との「違い」は、当事者の理屈にすぎない。

二つの場面に見てとれるのは、自分たちこそ世界の中心という発想。「この日から世界が変わった」といち早く論じたのも英国の雑誌『エコノミスト』だった。

しかし世界の多くの人々が抑圧や侵略に苦しむ状況は何ら変わっていない。そのことを怨念の痛撃によって思い知らされたにもかかわらず「(その後)むしろ事態を悪化させたのは軍事力偏重の政策だった」と、米ネオコンの理論的指導者で後に袂を分かった政治学者がインタビューに答えている。

同じ日は「3・11」東日本大震災から半年。だが復興も原発事故処理も進まない。「世の中が変わる」というが、弱者や地方軽視の政治構造にも変化はないのだ。

通じるのは、問題状況は変わっておらず、根本的なパラダイム転換が求められているということ。

そして彼の国で「I♥(LOVE)NY」と星条旗が氾濫したように、わが国でも「がんばれ日本」や日の丸があふれている。「皆で…」の掛け声も。だがそれで悲しみが忘れられてはならないし、「がんばれない」人や「皆」から予め排除された人々が置き去りにされてはならない。仏教の「正見」、本質を見極める時だ。