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「知」の退廃を示す「学商」という造語

2011年9月6日付 中外日報(社説)

「学商」という造語があることを最近知った。政治権力と結ぶのは「政商」と同じだが、「学商」は「知」を自己の権益や権威づけに利用する。「原発震災」といわれる東日本大震災以降、情報を独占し高度な知識や専門用語を操る集団への不信感が一段と深まったように思う。その矛先はマスメディアにも向けられている。「知」の立て直しは容易ではない。

思い出すことがある。平成6年1月17日、米カリフォルニア州のノースリッジ地震で高速道路が崩壊した。その時、日本の道路工学の専門家は「日本(の技術水準)では考えられない」と言った。だが、ちょうど1年後の阪神・淡路大震災で阪神高速道路が長々と横倒しになり犠牲者も出た。巨大構造物の無様な姿にぼう然とした。技術の思い上がりには魔が潜む。

福島第1原発の事故では当初、福島県での放射線被害で官房長官が「直ちに健康に影響が出るものではない」との釈明を連発した。直ちに影響が出る被ばくレベルだと生死に直結することくらい、誰もが分かっている。原発事故の脅威の本質はむしろ長期に及ぶ低線量被ばくで何十年か後に発病する可能性にあるのではないか。もしそんなことになれば誰が責任を取るのか。被ばくとの因果関係の証明も困難を極めるはずだ。長官の話は専門家の知見に基づくのだろうが、実は何の説明にもなっていなかった。記者会見でその追及が乏しく、ジャーナリズム精神の劣化を批判されたのも残念だった。

事故直後、頻繁にメディアで解説したのは事故の前に「日本の原発は安全」と言い続けていた専門家たちだった。彼らが状況の悪化につれメディアに登場しなくなったことを人々は忘れていない。

事故から間もなく半年という時に放射能汚染の深刻さがようやく明らかになってきた。わざわざ民主党代表選の日に公表された原発周辺の土壌汚染濃度地図によると、チェルノブイリ原発事故で強制移住の対象となった値を上回る場所が計画的避難区域などを超え、福島市の一部など半径80キロ圏内に広がっているという。「政府や東電を信用していたらモルモットにされる」という住民の悲痛な声が現実味を帯び始めている。

こんな事態になった原因をたどれば長い物語になる。官房長官の会見に象徴される初期の見通しの甘さへの非難が根強いが、もとよりそれだけではない。冒頭の「学商」に関連づけると、声なき民衆を視野に入れない専門知は政策に影響を与える分、罪は深い。心すべき重大な反省点の一つだろう。