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オウム事件から16年 忘れてはならぬ教訓

2011年8月23日付 中外日報(社説)

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こったのは平成7年3月20日、16年前のことになる。この年は、事件以後連日のようにオウム報道があった。だが、麻原彰晃の死刑判決が18年に確定してからは、次第にこの事件がもたらした衝撃も忘れ去られつつある。

その一方で、オウム真理教から改称したアレフや、そこから分派したひかりの輪がインターネットを通じて布教活動を続けているのも厳然たる事実である。そして少数ながら新たにアレフに入信する若者もいる。

忘れ去られるのも致し方ない事柄があるが、時間がたっても風化させてはならないことがある。

このたび刊行された宗教情報リサーチセンター編『情報時代のオウム真理教』は、オウム事件が提起した事柄のうち、何を風化させてはならないのかを考える上でも、大変貴重な書である。この書は地下鉄サリン事件以前のオウム真理教の発信した情報と、オウム真理教についてメディアが発信した情報とが、大量の資料に基づいて、丹念に検討されている。

本書の分析で明らかになってくるのは、オウム側の情報発信の用意周到ぶりと、宗教を扱うメディア側、中でもテレビ番組制作者たちの定見の無さである。宗教問題に関するテレビ局の報道に関して言えば、昨今においても、ほとんど状況が変わっていない。だとすればあらためて、何が問題であったのかを、示された具体例から読み取っていかなければならない。

事件後、オウム真理教の持っていた矛盾や、教えの非合理性などが、一斉に批判された。そのような教団になぜ優秀な若者が引き入れられたのかも問われた。

しかし、事件前の報道や識者のコメントが分析された箇所を読むと、いともたやすくオウム側の言説をうのみにした人が少なくなかったことが分かる。

事後説明だけに接していても、本当のところが分かりにくい。今からすれば、おかしいと思うのが当たり前であったこの運動を、評価した人がいたのはなぜか。それは、事件前の状況に身を置く工夫をして考察しなくてはなるまい。

そのことが、こうした反社会的な傾向を秘めた運動が現れたとき、それを早い段階から見抜く力を培うはずである。

霊感商法問題も若い世代はほとんど知らない。「カルト問題」については、言葉は知っているが実感が乏しそうである。知っている世代が知らない世代に、反省を込めて伝えていこうとする努力は、常に継続させねばならない。