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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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もしあの避難所に椅子があったなら

2011年8月9日付 中外日報(社説)

昨年夏のある日、近畿地方のA神社で、元国立大学教授の五十日祭が執行された。仏教の忌明け法要に相当する儀式である。神葬祭(葬儀)は椅子席の儀式殿だったが、この日は和室の参集殿が使われた。冷房のない部屋の暑さが厳しかったが、高齢の参列者には、暑さよりも座布団での正座の方がこたえた。

今年の一年祭(一周忌)も同じ参集殿だった。節電の叫ばれる時代だけに、暑さは我慢するとしても、正座のつらさは昨年と同じである。恐らく来年の三年祭(三回忌)も同じ部屋で営まれることになるだろう。

四国地方のB寺院で、住職が檀家総代に相談を持ち掛けた。「この秋、本山から管長さんをお招きして、法話をしていただくことになった。ついては座布団を50人分、新調したい」

檀家総代は逆提案をした。「檀家も高齢化が進み、正座のできない人が増えています。座布団を新調するより、椅子をそろえるべきではありませんか」

住職は、自説を押した。「管長さんを迎えるのだから、椅子では失礼だ。従来通り、正座でお迎えしたい。それに椅子を備えると、収納場所のことも考える必要がある。椅子の整備は将来の課題ということにしよう」

宗教と関係ない場でも、高齢者と正座の問題を考えさせられる機会が増えた。東日本大震災や、相次ぐ大水害で、避難所の様子がテレビに映し出されるが、高齢者の集まった体育館や公民館で、椅子の備えの無い所が多い。恐らく、緊急事態のため手が回らないのだろうが。

震災の避難所を見舞われた天皇陛下に、あぐら座りでお答えした被災者がいた、と一部週刊誌が指摘した。宮内庁は「楽な姿勢で陛下にお答えすればよいと、事前に連絡済みである」と説明したが、もしあの場に、一脚の椅子があったら……と惜しまれる。

生活の洋式化が進み、椅子を使う機会が増えた。参拝者数の多い天台宗C寺院の住職は、居室を洋室化し、来訪の信者に椅子を勧めている。「茶道では明治初年から立礼が行われている。仏教も立礼時代だ」と強調する。

正座がつらいのは、高齢者だけではない。若者も正座が苦手である。椅子の整備は、青年の寺離れを防ぐ対策にもなりはしないか。取りあえず仏教の各本山で開かれる会合を"立礼方式"優先にすることだ。その空気が広がれば、B寺院の住職も、檀家総代の提案を受け入れるかもしれない。