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半世紀前の広島で節度示した報道陣

2011年7月21日付 中外日報(社説)

広島平和記念公園の「原爆の子の像」の頂点に立つ少女像は、昭和30年に原爆症で死去した佐々木禎子さんがモデルとされている。当時の広島では、各紙が"原爆報道"を競っていた。

禎子さんをめぐる報道だけではない。今では信じ難いことだが、どこのだれがいつ原爆症で亡くなったかが、実名で報道された。しかし、やがてその種の記事は姿を消した。元気で暮らしている被爆者が記事を読むと、次は自分が発症するのではないかと不安になるからである。申し合わせたわけではないが、個々の死者についての報道は控え、節目ごとに発表される数字を、目立たない扱いで報じるようになった。

当時、広島で取材する記者の中には、被爆者もいた。被爆体験のない記者も、他の都市で戦災に遭ったり、身内から戦死者を出すなど、戦争の被害を背負っていた。だから被爆者の悩みを、自分たち共通の悩みとして受け止めることができたのだ。

半世紀後の今、福島第1原発の放射能漏れを伝える報道に、その節度が感じられるだろうか。原爆の核爆発による瞬間的高濃度汚染と、放射線漏れによる低線量汚染を同一視している。戸外へ出ても大丈夫か、何を食べたらどうなるかなど、測定値の高い地域の住民の不安感をそそる報道が続く。一部の週刊誌は、数年後にはこんな奇病が発生するだろうとの予告記事を特集したほどだ。ショッキングな書き方をすることで販売部数を増やす作戦らしい。

その背景にあるのは、記事の筆者たちが、自分たちは安全圏にいるから放射線の被害は関係ないという意識ではないか。避難地域の住民の苦しみを"ヒトゴト"視していることになる。

その結果ついに「どうか子供だけでも助けて」という投稿が、新聞に登場した。福島県二本松市に住む45歳の母親のものだ。要旨は「どうか子供だけでも助けてください。専門家は心配することの方がストレスになり体に悪いと言いますが、皆気が狂いそうです」との訴えである(毎日新聞)。原発事故の直接責任は国や電力会社にあるが、母親をここまで追い詰めたものは、何だろうか。

現地に駐在して取材する記者のルポもあるが、東京電力の記者会見が連日、東電本社で行われるように、震災報道の多くは東京で発信されている。「避難所へ泊まり込んでみろ」との声を何度も聞かされるが、その声を浴びせられる対象は、政治家や電力会社幹部の他にもいるのではないか。