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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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支え合いで生まれた「導き」を思わせる縁

2011年7月2日付 中外日報(社説)

東日本大震災の被災地で、日々、多くの縁が結ばれている。京都から宮城県亘理町へ泥かきのボランティアに赴いた僧侶らが、たまたま派遣された先は、加藤文夫さん、ひろ子さんという気鋭の陶芸家夫妻の自宅兼工房だった。

地震の時、他市にいた夫妻は長男らがいる自宅へ車で急いだが、津波が押し寄せ、何百メートルもバックして逃れた。すぐ前を走る車は流された。家はほぼ全壊、周辺では多くの犠牲者が出て、長男は行方不明。ようやく避難所で再会できたが、それまでの3日間、水没して救助も来ない自宅の2階で津波の惨状を見続けていたという長男は精神的痛手が大きかった。

多くの作品や、陶芸家の命ともいうべき道具、長年寝かした陶土も流されて絶望しかけたが、辛うじて残った窯が修理で使用可能と分かり、再出発することにしたという話だった。

そのきっかけにと、残った茶器や花器など作品の展示会を、かつて作陶を学んだ京都で開くことに。ところが、知人の縁で受け入れを申し出てくれたある寺が会場になると聞いて、ボランティアの僧侶は驚愕した。それが、毎週一緒に活動する旧知の住職の寺だったからだ。あまりの奇縁に、一緒に茶碗の泥落とし作業をしていた筆者も感動を禁じ得なかった。

これまで見えにくかったつながりや出会いが、苦難の中で、支え支えられるいろんな「縁」として浮かび上がり、そこには「導き」さえ感じられることもある。

その前日、やはり偶然に寺院での瓦礫撤去に当たった。寺の方との出会いはなかったが、「支援が被災者をつくる」との指摘も心に留めなければならないだろう。

地元の人々が自力で、あるいは協力し合って立ち直ろうとするところへ支援が入ることによって、「助ける側」と「助けてもらう側」ができるということだ。被災者を「弱者」と決めつけ、「援助してあげる」という意識がある限りは、本当の「縁」は生まれないのかもしれない。

加藤さんは「多くの方々の縁に支えられ、やる気になりました。ボランティアの皆さんにも元気をもらいました」と述べ、作品展はいわば決意表明だと語った。そこに宗教者が寄り添うことができたのは偶然ではないように思える。出会いを「縁」にし、その深い意義を示すのも宗教なのだから。

夫妻による「宮城亘理伊達家・末家焼窯元 ひろ窯作陶展」は7月14~18日、京都市左京区鹿ケ谷の法然院(電話075・771・2420)の講堂で開催される。