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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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安心して悩める世界 将来に希望の兆しを

2011年6月21日付 中外日報(社説)

搾りたての牛乳はとても温かい。牛の体温そのままで、大きな乳房からは「いのち」の鼓動が伝わってくる。1頭で日に30リットル近く。わが子同様に手塩にかけた牛たちからのいのちの賜りものを毎日毎日、搾っては大量に捨て続けなければならない苦悩はどのようなものだろうか。

東日本大震災に伴う福島第1原発の事故で原乳出荷停止となった相馬市の酪農家はそして、30頭余の牛を手放し、妻子を里へ避難させ、自らの命を絶った。小屋の壁にチョークで「原発さえなければ……」と書き残して。

この事態を招いた東京電力経営陣、お粗末な事後対応の政府、そして長年にわたり原発や経済優先の社会を推進し続けてきた旧政権の政治家たちは、いのちの温もりをどう感じるのだろうか。

先に発表された警察庁の統計では平成22年中の自殺者は3万1690人。13年連続で3万人を超える状況で常に指摘されることだが、これは単なる大きな数字であるにとどまらず、その一人一人に酪農家のように、それぞれの人生があったのだ。そして、その何倍もの遺族たちの、外へ出すことさえつらい悲嘆が。

「何も死ななくても」と言うのは安易だ。「死にたい」と漏らす自殺念慮者の誰もが、本当は生きたいのに、セーフティーネットや希望が断たれ、孤独の中で死の選択を強いられる。それは「間違いなく社会的な問題だ」と、内閣府参与で自死防止活動をする清水康之・NPOライフリンク代表は、先日京都市で開かれたシンポジウムで強調した。

経済格差や貧困などその社会的要因は、震災後も社会全体に変わらず存在し続け、被災地ではそれが何倍にも増幅される。一方、震災にだけ一時に世間の関心が向き、「頑張ろう」の合唱の中で、これ以上頑張れない人たちが孤立感を深めることが懸念される。

「自殺対策に取り組む僧侶の会」の藤澤克己代表は「『死んでほしくない』というのが防止策の基本的心情ですが、その前提は生きていて良かったと感じてもらえる見通しがあること。安心して悩むことができ、将来に希望の兆しを感じられる社会を構築できるかどうかが重要です」と言う。

単なる自殺報道だけでは同種のケースを助長する、相談機関の情報を広げてほしい、との声が被災地で強いという。絶望のふちで消え入りそうになる「いのち」。手を差し伸べて寄り添い、支え、そして希望の社会を目指す働きを、宗教者にも望みたい。