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観光施設になったフィリピンの原発

2011年6月11日付 中外日報(社説)

完成後、一度も運転することなく閉鎖されたフィリピンのバターン原子力発電所の内部が一般公開されるそうだ。「フクシマ」の事故で原発の安全性への不信感が世界に広がる中、新たな"観光スポット"として期待されているという。同国の貧しい山岳民族の子どもたちに教育をと、個人で長く支援を続けている「ひとりだけのNGO」(東京都八王子市)の木下健さんに教えられた。

先の大戦中、旧日本軍が米兵やフィリピン人捕虜1万人近くを死亡させたとされる「バターン死の行進」を記録した資料館が近くにある。軍部の暴走を許した戦前の苦い体験と虚構の「安全神話」を妄信した揚げ句の福島第1原発の事故。どこか通じ合わないか、と問われているような気がする。

バターン原発は腐敗で失脚したマルコス政権時代に着工、1984年に完成した。しかし、近くに活断層がある。スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故以後、弾圧の中で住民の反対運動が続けられた。完成後に多数の欠陥も発見され、86年のピープルパワーで誕生したアキノ政権が閉鎖した。昨年10月に現アキノ政権が正式に廃止決定、観光施設への転用が表明された。原子炉内を観光ツアーに公開するという。

写真家でもある木下さんは30年近く前から途上国の子どもたちを撮った写真をポストカードにして販売し、収益をフィリピンではカトリックのチャンネルを通して識字教育に充てている。バターン原発は閉鎖の数年後に訪問、案内してくれた教会スタッフの「私たちは命懸けで阻止しました」との言葉が印象に残ったという。

福島第1の方は収束のめどさえ立たない中で事態は深刻の度を加えている。大気や土壌、海に放射性物質が残留する限り子どもの健康不安や避難の長期化などに伴う二次、三次災害へと被害の拡大が懸念される。農・漁業などの風評被害撲滅も市場経済では限界があり、その場しのぎの対策ではかえって陰湿な差別を生じかねない。

この事態を招いた原因を突き詰めると、当たり前のようだが少数意見の尊重という民主主義の基本に行きつく。福島第1の事故は、一部で想定されていた大規模津波の可能性を受け入れなかったためだった。原発の「安全神話」に異議を唱える声が強ければ、より安全性に留意しただろう。旧軍部が敗北を認めず「転進」と言い繕って国民を欺き「ヒロシマ」「ナガサキ」を招いた愚は、もう繰り返せない。木下さんの話から学ぶべき点がそこにあるように思う。