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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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蚕の命を奪わない御法義の地の気風

2011年5月19日付 中外日報(社説)

広島県は浄土真宗の門徒の多い"御法義の地"である。広島県では古来、絹織物の産業が発展しなかった。絹糸を生産するには、繭の中でサナギとなっている蚕の命を奪わなければならない。美しい晴れ着を作るために、多くの虫を煮て殺すに忍びない、が安芸門徒の心情であった。同じように門徒たちは、川での釣りをすることが少なかった。

同じ広島県でも、海に生きる漁民は、魚を取らないと生活が成り立たない。だがその漁民も、かつては親鸞聖人の御正忌の前日、1月15日には出漁しなかった。お逮夜=地方によっては「オタンヤ」と発音する=だと言って、魚市場も町の魚屋さんも休業である。生き物の命を頂いて生きる「罪悪深重の身」を自覚する慎みの心の表れであった。

先日、その御法義の地を守る浄土真宗本願寺派寺院の住職たちの集いを傍聴した。雑談の中で、同じ真宗王国の福井のことが話題に上った。小学校の先生が夏休みの課題として昆虫採集をするように命じた。だが2学期の初めに、誰も提出しなかった。北陸門徒である親たちが、無用の殺生をするなと戒めたからだとか。

住職たちはさらに、東日本大震災について語り合った。福島第1原発から3キロ以内で、一時帰宅禁止区域に指定され、ゴーストタウン化した町並みで、飼い主を求めてさまよう牛、畜舎に放置されて餌のない馬たちがテレビに映し出された。これらの動物は、ペットも含め、やがて"殺処分"されるだろうと報じられた。

住職たちは言う。「幸いにも広島県はこれまで、口蹄疫や鳥インフルエンザで家畜やニワトリが殺処分されることはなかった。しかし、もし殺処分せよと命じられたら、安芸門徒はどう反応するだろうか」と。それはまた、その場合に宗教者として何ができるだろうかという、自らへの問い掛けも含んでいたようだ。

2月17日付本欄でも触れたように、家畜類への伝染病拡大を防ぐため、社会の一部では「殺処分」という言葉への抵抗感がマヒしかけた傾向がある。伝染病の場合はやむを得ないとも言えようが、原発事故は人災色が強いだけに、悩みもことに深い。

家畜への愛情の濃さでは、東北も他の地方に劣らない。農民が馬と一つ屋根の下で暮らす曲家が生まれたのが東北なら、唱歌「牧場の朝」が作られたのも福島県の東北本線沿線とされている。生き物の命を大切にする仏教徒の心を、あらためて見直したい。