ニュース画像
参列者が念仏を称える中、伊藤門主は1292霊の法名が記された御回向帳を1枚ずつ手繰った
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

震災復興で見直すブータンのGNH

2011年5月17日付 中外日報(社説)

3月で日本との国交樹立25周年のブータン王国から東日本大震災の義援金8千万円が届いた。仏教を国教とするブータンはユニークな「国民総幸福量(GNH)」という概念を掲げる。その思想には、政権が「最小不幸社会」を唱えながら被災者救援・復興策は迷走気味な日本を裏返しにしたような響きがある。

ブータンはヒマラヤ山麓の人口70万人の小国。平成17年に東京でGNHに関するシンポジウムがあり、当時の駐日大使らが「ブータン国民の心、文化、環境に沿う。開発は平等、均等に進め、人口の85%が住む農村への分権化を通して国民の自立能力を高めることが重要だ」と語った。その指導理念がGNH。昭和40年代から導入されたそうだが、筆者は『仏教への旅ブータン編』(五木寛之著、講談社)で多くを教えられた。

GNHの考え方は中央集権と効率化で経済成長を遂げた日本と正反対だ。――日本は経済大国の目標を達成したが、個人の心の安らぎとか幸福の追求を犠牲にした。宗教が大切にする「目に見えないもの」の価値を忘れてしまった。ブータンは貧しく、平均寿命も63歳(平成14年)と、日本人より20歳近く低い。だが、日本人は人生後半部分の「質」とその先にある「死の質」が低い。自殺者の多いのも心配だ――著者の五木さんはブータンで語り合った知識人のそんな厳しい指摘に心を動かされ日本への思索を巡らせる。

GNHは人を中心に置きGNPやGDPなどに象徴される経済拡大路線を否定する。その未来図はまだ見えない。だが、反対に拡大路線を走った日本が地域に不均等な開発を生み、過疎が進んだことを思い起こしておいても無意味ではなかろう。原発は、産業と雇用を奪われた地方に立地された。そうした経済開発や国土のひずみに限界が見えた矢先の今回の大震災が、成長の犠牲ともいえる地域を襲った。理不尽さに言葉を失う。

さらに公憤をかき立てられるのは、被災地の苦しみの頭越しに将来の復興ビジョンが中央で語られている感のあることだ。「農業は大規模化して競争力を」「漁業は職住分離、住まいは高台に」など政府・財界、学界関係者らから聞こえてくる言説の多くは従来の成長路線の延長としか映らない。

被災者はまだ悲しみの淵に沈み生活の再建どころではない。復興は大事だが、その前に家族をずたずたにされた万余の人々の痛切な声にもっと耳を傾けるべきであろう。GNHの発想に学ぶべき点が多々あるように思うのである。