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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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問題点を多く残す小児脳死臓器移植

2011年5月3日付 中外日報(社説)

先ごろ国内で初めて脳死判定による15歳未満の臓器提供移植が行われた。まず、わが子を亡くした悲しみの中で、その体を提供する決定をしたご両親の気持は、移植をめぐる論議とはまったく別に、個人的心情として最大限尊重されるべきだ。

その上で小児の移植についてあらためて考えると、医学的検証以外にも、やはり論議すべき問題点がいくつも存在する。

まず改正法施行で提供例が増えてもなお、「脳死は人の死」ということは国民の共通認識では決してないという点。法改定を機に「一般的に死と規定すべき」との意見があり、強力な反対もあった。結局は「移植に限定」と解釈することになっているが、それはつまり臓器摘出を犯罪にしないために「あえて死とする」ということだ。

だからこそ本人が文書でその意思を明示している場合に限られる、というのが旧法であった。新法はそれを、本人の明確な拒否の意思がなければ家族が決定できるとしたわけだが、意思決定や表明の難しい小児の「生死」を親に決めることを強いるかのようなシステムは疑問が多い。

「息子の一部がどこかで『生き続け』ている」というご両親の言葉は、その複雑さを物語っていないだろうか。

次に法改定は、小児間の移植に道を開くのが大きな目的であり、今回それが奏功した。だが背景にあった渡航移植、それが海外で「摩擦」として問題視されるのなら、それは国内でも本質は同じなのではないか。

また今回はクリアされたが、虐待のケースを排除するための調査の困難性は解消されない。

7年前に日本小児科学会が全国の救命救急センターなどに調査した結果では、虐待が疑われた129事例のうち虐待と診断されるまでに1週間以上要したのが19例もあり、うち9例は2カ月以上かかっている。

そもそも虐待例除外との条件を付与すること自体が、証拠隠滅防止とは別に、小児からの臓器摘出に対する「わだかまり」を暗示するようにも見える。

国民的論議はなお必要であり、宗教者も明確な意見を発信してほしい。読売新聞が平成17年に主な教団に実施したアンケートでは、多くの回答が脳死移植に懐疑的であった。東日本大震災が「いのち」の重みを考える機会となる中で行われた今回の例に、命の問題の専門家としての態度が求められよう。