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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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深い思い込められた被災地のメッセージ

2011年4月26日付 中外日報(社説)

東日本大震災の被災地を、日本中を、励ましと支援のメッセージが飛び交い広がっている。

廃虚のベニヤ板には「下に母が埋まっているかも知れません。見つけたら宜しくお願いします」。全壊した食堂入り口に「皆さんありがとう。○○は波と一緒に出かけましたので休みにします」と。胸を締め付けられる伝言に交じり、壊れた車体に「明けない夜はない」とも。

現地や全国の子供たちが惨状や「みんなできょうりょく」と助け合いを描いた絵が、NPOによってインターネットで世界に発信されている。被災学校では、児童らが避難した高齢者の世話もし、手作り新聞に「何度も人間の絆に助けられました」と体験をつづっている。

支援物資の段ボール箱に「元気出して!」の文字が。社屋が浸水し輪転機が止まった宮城の「石巻日日新聞」は、記者たちが泥水に漬かりながら取材し、思いを手書きした壁新聞を避難所に貼り出して、きめ細かい情報を提供し続けた。

またテレビで流れる金子みすゞの詩が大きな共感を呼び、詩集の注文が急増しているという。「遊ぼうっていうと、遊ぼうっていう」「こだまでしょうか、いいえ誰でも」のメッセージが人と人とのつながりへの思いを深めさせたからだ。同様に、岩手県大槌町の小学校卒業式で朗読された同県出身の宮沢賢治の「雨ニモマケズ」も、ネットなどを通じて広がる。

「言霊」というが、言葉自体ではなく、そこに込められる思い、働きに裏打ちされてこそ、本当に力のあるメッセージとなる。またそれによって思いを共有できた時にこそ、発せられた言葉は力を得る。

でなければ「言葉」はむなしくもなる。「直ちに危険とは言えないが」などの言辞が何度も繰り返される原発事故。「大丈夫?っていうと、大丈夫という」というパロディーは、そんな空疎さへの反撃だろう。

「非力な僕にできることは それでも詩を書くこと 震災の福島を言葉で埋め尽くしてやる」「あなたは私です。私はあなたです」。詩人和合亮一さんは福島からツイッターで900編もの作品を発信し続ける。

深い思いを込めたこれらのメッセージの奔流は、まるである種の信仰のように見える。人間の魂を、存在を丸ごと救うべき宗教が、言葉だけではない深いメッセージを内包しているのと同じように。