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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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希望を失っては未来は開けない

2011年3月17日付 中外日報(社説)

十メートル以上もの津波が迫る中、宮城県南三陸町の防災対策庁舎では「早く逃げて」と若い女性職員が住民への防災無線放送で必死に叫んだ。三階建ての同庁舎屋上には避難した職員が約三十人。水柱を立てて津波が庁舎をたたいた後、残っていたのは十人ほどで、女性職員の安否は不明のまま。高台で惨劇を目撃した地元河北新報の記者は「なぜだ」とうめき声しか出なかったそうだ。この町では約一万七千人のうち八千人の消息が知れない。

東日本大震災の被害の全容はまだ明らかでない。目の前で肉親が濁流にのまれ、家や生計を支える漁船を流された。数十万人に上る被災者の無念、悲しみを慰める言葉が見つからない。一人でも多くの命が助かるよう奇跡を願い、救出活動を見守るしかすべのないのがもどかしい。

「地獄のようだった」と生存者は口をそろえる。町が一瞬に泥やがれきで埋め尽くされてしまった被災地の惨状はあまりにむごい。自然の残酷な仕打ちを前に人間の無力さを思い知らされる。阪神・淡路大震災の現場で込み上げたのと同じ感覚だ。人は度を超えた恐怖に遭うと表情を失う。同じ様子が今度の被災者にうかがえ、胸が痛む。痛切な悲しみと喪失感に苦しむのは少したってからである。深く心に傷を負った人々の精神的な後遺症がとても気掛かりだ。

東北地方の太平洋側は有数の漁業拠点。漁船を失い養殖施設も壊滅した。零細な漁業者は立ち直れるだろうか。津波は内陸深く押し寄せた。塩水に漬かった田畑の再生はどうなのか。多量の泥を含んだ海水は始末が悪い。広範囲の地盤沈下もある。復旧・復興は過去の災害以上に困難だろう。

この欄で災害は人災的要因で被害が拡大すると述べたばかりである。津波の怖さを語り継ごうとした先人たちの警告も紹介した。だが、大津波は地震発生から地域によりわずか十分で襲ってきた。ほんの一瞬の動作が生死を分けるような状況、しかも世界史上四番目という想像を絶する巨大地震の人災的側面の検証は時間が必要だ。

被災地には福島第一原子力発電所の炉心溶融事故の恐怖が追い打ちをかけた。当事者責任をまるで感じさせないほど東京電力の情報開示が遅く、怒りが募る。地元の人々は一体どこまで避難したらいいのか、不安が消えないだろう。阪神・淡路大震災で、肉親の遺体を担いでようやくたどり着いた指定避難所にも火勢が迫り、泣きながらまた避難所を求めてさまよった被災者の姿と重なり合う。

原発の「安全神話」を根底から覆したばかりか、多くの原発を抱えながら危機時の自己管理能力の無さを世界にさらけ出した。本来なら被災地全体で進行する事態を掌握し、被災者救護に全力を挙げるべき立場の官房長官までこの問題にかかりきりのような印象さえ受けた。原発事故には専門知識が要る。事故対応に深刻な反省を迫られている。

冒頭で触れた女性職員のように、自己犠牲の心で人々を助けようとした人々が少なくなかったはずである。一方では人間の醜さ、強欲も垣間見えた。日本の不幸が世界に報じられた当日、筆者は米国の株式市場で株価が一時的に急反発し値上がりしたというニュースを見てあぜんとした。日本での復興需要を当て込んでのことだったという。

気持がふさぐ。だが、希望をなくしては未来は開けない。幸い、各国から「日本の被災者のため皆で祈っています」「日本の底力で立ち直れると信じます」など数々の温かいメッセージが寄せられている。国際緊急援助隊も続々現地入りしている。被災地での受け入れ態勢が整えさえすれば、再び全国各地でボランティアのうねりが起こることだろう。陳腐な言葉だが、国力・国民挙げて被災者を勇気づけたい。まさに日本の総力が問われている。