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崩れた大聖堂の映像に思うこと

2011年3月10日付 中外日報(社説)

二月二十二日、ニュージーランドのクライストチャーチ市を襲った地震の模様は、テレビの画像で刻々と伝えられた。多数の日本人留学生が居合わせたCTVビルの惨状に関心が集まったのは当然として、大聖堂の被害に心を痛めた人も多いのではないか。高さ六十三メートルの尖塔が、ぽっきりと折れていたからだ。

ニュージーランドへは毎年、十三万人前後の日本人観光客が訪れる。旅行社主催のツアーの多くは、まず南島のクライストチャーチに着き、そこを基点に南島を回る。さらに北島へ飛んで周遊し、最後に北寄りのオークランドから帰国するコースをとっている。つまり、この国でまず出会うのが、クライストチャーチの市街なのだ。その中心が、大聖堂である。

ニュージーランドにヨーロッパ人が移住するようになったのは十八世紀後半、キャプテン・クックが上陸して以後という。移住者たちはまず教会を建て、そこを中心として街づくり、村づくりをした。宗教が生活の中心であった。

クライストチャーチの大聖堂は、そのような伝統を象徴する存在とされる。一八六四年に着工、最初は木造の予定だったが、途中で石造に変更され、四十年後の一九〇四年に完成した。南島で最も高い建物の一つであり、聖堂前の広場は市民の憩いの空間となっていた。緩やかにカーブした軌道を走る路面電車が、大聖堂の直線美によくマッチしていた。日本ではその大聖堂の被災を「市民の心が奪われた」の見出しで報じた新聞もある。

「教会が市街の中心」という思想は、ヨーロッパ各都市の伝統を継承したものではないか。例えば、オーストリアの首都、ウィーンである。筆者が先年、この街を訪れた時、ある市民が嘆く声を聞いた。「大聖堂より高いビルを建てないというのが、われわれの暗黙の約束ごとだった。それなのに昨年、超高層ビルが建てられてしまった」

新しいビルは通信関係の会社のもので、場所は旧市街でなく、郊外の新開地であったが、歴史を誇るウィーンには、独特の市民感情があるようだ。

その市民は、さらに言葉を継いだ。「日本の古い都市では伝統を重んじると聞いています。仏教寺院より高いビルを建てたりしないでしょうね?」と。これには答えに窮した。

確かに、都市建設に当たって社寺に敬意が払われた例は多い。その一つが、京都の真宗大谷派本山、東本願寺だ。路面電車敷設に当たって、車両が寺の間際を通らないよう、レールを遠回りにカーブさせた。また南隣に丸物百貨店(当時)を建てる時にはビルの高さが大師堂(現在の御影堂)の棟を超えないよう配慮されたと聞く。

鉄道唱歌の第五十九節は明治三十年代の大阪を「鳥も翔らぬ大空に/かすむ五重の塔の影/仏法最初の寺と聞く/四天王寺はあれかとよ」と表現した。当時の都市には五重塔より高い建物はほとんど無く、由緒ある寺社の存在は市民の誇りであった。

だが今は、京都には京都タワーがそびえ、大阪には大阪ビジネスパーク等の超高層ビル群があるように、日本全国がビルラッシュである。東京スカイツリーに見られるように、建築技術の進歩は目覚ましい。技術とビジネス優先の風潮は抑制し難い。

その中にあって、四年前に京都市が制定した「市眺望景観創生条例」は注目されてよい。大ざっぱに言えば都心部の新築ビルを高さ三十一メートル以内に抑えるとの内容で、超高層化に歯止めをかけるものだ。多数の世界遺産を持つ街としての節度と言えるだろう。

それとともに、既存の建物の耐震化を進めることも大切だ。クライストチャーチ大聖堂の映像を見て、街づくりの原点などについて考えさせられることが多かった。