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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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非常時の利他心は市民社会の底力だ

2011年3月3日付 中外日報(社説)

「もう神に祈るしかない。人間の過ちを繰り返さないように」。超高層ビル火災の恐怖を描いた米国映画「タワーリング・インフェルノ」のラストシーンにそんなセリフがある。旧約聖書の「バベルの塔」を連想させ人間の思い上がりへの戒めとも読めるが、実は大惨事の発端は建築コスト低減のため電気系統の手抜きをしたことだった。

火災に限らず世界で頻発する災害の多くは人災的要因で被害が拡大する。先のニュージーランド地震で多数の日本人留学生が巻き込まれた倒壊建物も、耐震構造に欠陥があったようだ。人間の過ちは果てしがないが、一方で「災害ユートピア」という考え方があると最近知った。災害に打ちのめされた被災地に一瞬、利他、相互扶助の心が光り輝く時があるという。

例えば、前記の映画が公開された前年の一九七三年に完成したニューヨークの世界貿易センタービルである。テクノロジーを結集した超高層ビル二棟が今世紀初めの「9・11同時テロ」でもろくも跡形なく崩壊した。乗っ取られた二機の旅客機が相次いで突っ込んだ際、ビル内ではビル管理当局が「持ち場に戻るよう」求めたが、避難を決意した一群の人々は「冷静に」と声を掛け合い、パニックになることもなく整然と階段を下り脱出した。車いすの障害者はみんなのリレーで担ぎ下ろした。ビル外では"にわかボランティア"たちが人々を安全な場所に誘導し救援活動した。避難者のほぼ全員が警察官ら制服組の助けを借りることはなかったという。

この話は、米国在住のノンフィクション作家の労作『災害ユートピア』(亜紀書房)にある。同書は一九○六年のサンフランシスコ地震、先の大戦中のロンドン大空襲や八五年のメキシコ地震、ニューオーリンズが水没した二○○五年のハリケーンなどでも人々の同様の利他的行動があったといい、「絶望的な状況下で生じるポジティブな感情は人々が本心では社会的なつながりや意義深い仕事を望んでいるから」「災害時の特徴は利他主義者になる人数が膨大で、そうなりたいという欲求が切羽詰まっている」と分析する。絶望を生き抜く信仰の力についても述べている。

たいていの災害アクション映画は民衆がパニックになる姿を描くが、同書によるとそれは誇大で事実とは異なる。避難所での殺人やレイプ、略奪がメディアで騒がれたニューオーリンズでは、その情報がほぼうそであったことが後に判明し、略奪も大半は食料などの支援がなく孤立したためだった。略奪に加わったのはむしろ警察官だった。パニックを起こすのも民衆ではなく秩序の混乱を恐れる社会的エリートであり、最も頼れるのは、軍などの活動に比べメディアではあまり注目されない災害時の市民社会の底力にある。

そのことを再三強調した上、同書は関東大震災の朝鮮人虐殺に触れ、軍や警察の「現状を維持しようとする行為」が引き金だったと日本の一部研究者の主張と同じ見方を示している。

筆者は同書の内容に多くの点で共感するが、それは阪神・淡路大震災の現場体験からだ。

データはないが、震災直後、がれきの下敷きになった人々の多くは隣人たちに救出された。被災者が互いに協力し合って苦境を乗り切る心意気を肌で感じもした。某先進国の総領事に「震災で一番の驚きは略奪がなかったこと」と意外な心境を聞かされ逆に驚いた記憶があるが、警察庁トップも同じ懸念を持っていたと後で同僚に教えられた。火災を広げた脆弱な水道施設など、震度5を想定した都市計画にそもそも人災的側面があったのだが、果てしない人間の過ちを克服するのもまた人間である。ただ、残念なのは、同書も指摘するように非日常時に輝く利他、相互扶助の心が長く続かないことだが――。