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戦前の方が多い少年の殺人事件

2011年2月24日付 中外日報(社説)

昭和初期から太平洋戦争まで約二十年間の全国の新聞記事を丹念に検証すると、少年による殺人事件の多発に驚かされるという(管賀江留郎著『戦前の少年犯罪』、築地書館)。

警察庁は昨年一年間に殺人事件で検挙された少年は戦後最少だったとの犯罪統計を先日発表したが、戦前は毎年、人数で昨年の数倍、犯行の凶悪さも現代を超えるほどだった。近年の少年犯罪に見る「心のすさみ」を、今の教育や生命軽視の時代潮流に重ねることをためらわせてしまう。

同書の著者は国立国会図書館にこもり、当時の大手紙と全国の地方紙計二十五紙、雑誌などを詳細に読み込んだそうだ。その結果、昨今の少年犯罪の凶悪化を憂えるメディアや政治家、著名人らの論調が事実を無視しているのは明らかだと力説する。宗教的情操教育の必要性を主張する宗教界も無関係では済まない。

同書の内容のごく一部しか紹介できないが、例えば小学生による殺人事件の多さがある。学校の内外を問わず各地で頻発し、昭和八年には小二男児が同じ年ごろの女児ら三人の頭を棒で殴打、首を絞めたりして池に放り込み、殺害する残忍な事件を起こした。

また尊属殺人が絶えず、昭和九年に二十歳男(当時は数え年表記なので満年齢では少年。以下同じ)が就寝中の母親ら家族四人をおので撲殺、父親に重傷を負わせた。戦時中の昭和二十年には、十七歳が両親ら一家五人を金づちなどで惨殺し、自分も猟銃自殺する事件があった。異常な連続犯行も多く、昭和十七年には暴行しようとした女性や自分の兄ら九人を殺害し、父親らに重傷を負わせた十八歳が逮捕された。

そのほかいじめによる殺人やレイプなど挙げればきりがない。戦争中は用紙不足で新聞のページ数が少ない上、検閲で事件報道は限られているが、著者が警察当局の統計などをもとにまとめた数字によると、少年事件の記録が残る昭和十一年以降、殺人で検挙された少年はほぼ毎年百数十人に上っていた。

警察庁統計によると、戦後もしばらくは戦前以上に少年による殺人事件が多発し、検挙人数は昭和二十六年と三十六年の各四百四十八人がピークだった。しかし初めて二百人を割った四十五年以後はほぼ漸減。最近五年間はその傾向が特に顕著で平成十八年は六十九人、昨年は四十三人で殺人容疑全検挙者数(九百九十九人)が戦後最少だったのと比例している。

「治安の悪化」という社会通念とは裏腹なこれら数字をどのように理解すべきなのか。一つ言えるのは、道徳に重きを置いた教育勅語で育った少年たちが、今の子どもたちよりずっと安易に人殺しをしていたというパラドックスだ。充分に考慮すべき事実である。それに関連するが、先年の教育基本法改正の際、少年犯罪が増加、凶悪化していると頭から決めつけ、道徳や宗教心の「復活」を強く求める声が宗教界を含め各界から上がっていたことを忘れてはならない。事実を踏まえない言説は、善意や理想から出たとしてもかえって世を混迷に導く。

精神医学の野田正彰・関西学院大教授は『国家と宗教』(京都仏教会監修、法藏館)下巻で「宗教的情操」は昭和初期から戦争前夜にかけ使われるようになった「国体」と同質の「歴史性を持った」言葉だと述べている。時代状況によってはある種の危うさを伴う言葉だということだ。記憶に留めておきたい指摘である。

付言すると筆者は数年前この欄で、統計では犯罪は減っているのに「体感治安」が悪化している一因は特異な事件を集中豪雨的に報道し、不安を助長するメディアにあると書いた。そのメディアは今回の警察庁発表の「殺人事件は戦後最少」にはほぼ関心ゼロだった。奇妙なニュース感覚というほかない。