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東アジア―国家の対立 文明圏としての親和性

2011年1月1日付 中外日報(社説)

二十一世紀に入って早くも十年が経過し、冷戦後の混沌の時代を過ぎ、新たな時代の宗教の行方が少しずつ見えるようになってきたようだ。

一九八〇年代後半の東欧社会主義圏の解体と冷戦体制の消滅は、唯物論思想の敗北を告げ、民主主義の拡大と宗教の復興の両者が手に手を取り合って進む時代を予感させるものだった。

韓国やフィリピンの民主化、南アフリカのアパルトヘイト体制の終焉は、宗教勢力に支えられた民主化により、明るい未来が開かれていくことへの希望の灯をともすもののように思われた。

ところが、冷戦終焉を待っていたかのように、湾岸戦争や旧ユーゴスラビアの民族・宗教紛争が起こり、宗教の違いによる対立が重い問題として浮上してきた。

九〇年代の前半には、世界各地の紛争において宗教の違いから生じる対立の脅威が認識され、「文明間の衝突」を唱えるサミュエル・ハンティントンの政治理論が一定の妥当性を持つように思われた。

国民国家間の対立やイデオロギーの対立ではなく、宗教を基盤とする文明間の対立が世界政治を動かし、紛争をもたらす主要な要因であると考えられるようになった。

この傾向は、二〇一〇年代以降も続いていくことだろう。グローバル化が進み、国家の凝集力が弱まってきたのに並行して、宗教的・文明史的なアイデンティティーの持つ意味が増大している。例えば、EU諸国の人々の間では自分たちが属する国の意義と共に、EU市民としての共同意識が強まってきているが、EU市民の共同意識のかなりの部分はローマ教会に由来する西方キリスト教の伝統と重なり合っている。

例えば、近年、フランスでは公立学校での宗教事実の教育の必要が強く説かれている。ヨーロッパの他の国々では宗教教育が行なわれてきた例が多く、キリスト教が文化遺産の核にあることがヨーロッパ市民の共同認識の重要な要素として見直されてきている。革命と政教分離の国民フランス人も、そのことを意識するようになった。

これはヨーロッパ諸国がイスラームとの対立意識を強めていることとも関連している。もちろん国家間の対立や民族の対立も依然として、大きな問題であり続けている。だが、それ以上に宗教や文明の相違に由来する力が働いていることを意識せざるを得ない状況である。

東アジアはどうか。ここでは、相変わらず冷戦時代以来のイデオロギー対立や国家間の対立が基本的な対立軸であり続けているように見える。日本や韓国や台湾の住民は民主主義的な体制に属しており、社会主義イデオロギーが変形した形で正統思想とされ、その下で国家による言論統制が行なわれ、思想表現や政治的自由が制限されている中国や北朝鮮に違和感を感じており、この対立が深まっているように感じられている。

だが、もっと長い目で見ると、東アジアの文明史に基づく共通性の意識も強まってきており、今後、ますます高まっていくだろう。例えば、中国の学者や知識人の間ではもはやマルクス主義に基づくイデオロギーは強く支持されていない。共産党の支配に服しているように見えても面従腹背の姿勢が広まっている。他方、学問や思想のレベルでは、日本人も中国人や韓国人と、西洋的思想原理に対する違和感を共有する機会が増えている。

伝統的に国家が重視されてきた東アジアだが、文明圏としての共同性も奥深い。政治の動きでは対立が深まるように見えても、長期的には市民相互の共同意識は深まっていく方向にある。この二十年の間に日韓両国の間で生じたような文化的親近感の増大は、ゆっくりとではあるが東アジア全体でも広がっていくだろう。

宗教交流や学術交流においても、こうした長期的展望をもって、じっくりと相互の信頼感を培っていきたいものである。