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観光客を迎える善意は分かるが

2010年12月7日付 中外日報(社説)

日本史の転換期に、有名な人物が活動の拠点とした土地がある。そこには泉量豊かな温泉がわく。史跡と温泉を二枚看板に地域おこしを図りたい――人口流出に悩む自治体は、住民ともども努力している。

観光客を乗せたバスが役場前に着くと、首長や三役や部課長が出迎え、歓迎の挨拶をする。史跡見学のご参考にと言って、豪華な写真集を入れた紙袋を一人一人に手渡す。

善意のこもる歓迎行事だから、悪いことではない。しかし最近の観光客は、誰もがデジタルカメラを持っている。写真集入りの重い袋を抱えて史跡巡りをすると、片手の自由が妨げられるから、カメラ操作が思うに任せない。

役場の幹部としては、費用を惜しまず制作した写真集を無料で提供したのだから、観光客の啓発に役立ったと考えているだろう。その写真集を、観光バスに運び込むか、一泊するホテルに届けておくことはできなかっただろうか。重い"荷物"をもらった側の当惑を察するべきだ。

役場の近くの高台には、歴史館がある。教育委員会の幹部が、廃仏毀釈で寺は一ヵ寺だけ、残りはすべて神社となった地域の歴史を分かりやすく解説する。だが道路から歴史館までは、急な石段を約七十段上らなければならない。

七十歳を超えると、上りで息が切れる人、下りで膝に負担がかかる人などがいる。いわゆる"女坂"的なバイパスを併設できないだろうか。喜んで見てもらわないと、歴史館開設の意義はない。

その地域で最大の温泉ホテルは、自治体が参画してつくられた第三セクターの経営である。泉質は上々、料理は地元の食材を生かしたユニークな献立だ。

しかし、館内にはバリアフリーに配慮した設計が見られない。入り口に、形ばかりのスロープがあるだけだ。宴会場へ上るにも、大浴場へ下るにも、厳しい階段が立ちはだかっている。恐らく車いすの入湯客が来た時には、職員が対応するとは思うが……。

数年前、別の観光地で、自治体直営というホテルを見たことがある。温泉ではないから、個々の部屋はビジネスホテルに似た洋式だった。快適な構造になっているが、浴室には約二十五センチのコンクリートの敷居があった。欧米とは違って、日本の一部ホテルでは浴室から水が流れ出ないよう、敷居を高くする傾向があるが、このホテルは特に敷居が高かった。

役場の職員でもあるホテルのマネジャーに、このホテルにはバリアフリー構造の客室が何室あるかと尋ねたら、全室が同じ構造とのことだった。自治体には福祉の窓口があり、高齢者や障害者の声を聞く機会も多いはず。その経験を横に連絡し、自治体ホテルの設計に生かすことはできなかっただろうか。

また、首長や議員には、海外視察の機会もあったはずだ。外国で泊まったホテルがどんな構造になっていたかを、ホテル建設の現場に伝えることもできたはずである。次の建て替え時まで改善できない、というのでは情けない。

国の予算の「仕分け」論議が、テレビなどで報道されている。官僚には、優秀な人材がそろっているはずなのに「仕分け」論議の中では、その知恵を省益に結び付けたり、国費のムダ遣いの理由付けに用いている印象なしとしない。それに比べれば、ここに紹介した二つの自治体は、地域おこしに真剣に取り組んでいるようだ。それにもかかわらず問題点があるのは、行政のサービスを受ける側の人々への配慮が足りなかったためではなかろうか。

行政の要諦は、宗教で言う法施に似ているのではないか。住民なり利用者なりから受ける財施にどう応えるかということだ。重い写真集を抱えて史跡巡りをさせるようでは、法施にはなるまい。