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「隣人の大国」と付き合う知恵を

2010年11月20日付 中外日報(社説)

「隴を得て蜀を望む」の中国の故事や「一衣帯水の隣国」「怨憎会苦」とさまざまな言葉が浮かぶ。尖閣諸島をめぐる日中間の対立は海上保安官による中国漁船衝突のビデオ流出という"場外"騒動まで起き、両国関係は昭和四十七年の国交正常化後最悪になったとの声も聞く。この危機は修復に時間がかかりそうで事態の打開が急務だ。ここは日中友好の元祖ともいえる鑑真和上以来の伝統に培われた仏教界の出番が迫られているのではないか。

たかが漁船一隻の暴走でここまで紛糾した理由や中国の複雑な国内事情には既に大量の報道がある。ここでは修復の壁になりそうな数々の事柄のうち、特に報道について考えたい。

領土問題の解決は「棚上げ」か「武力行使」しかないといわれるほど領土絡みの紛争は始末が悪い。当事国国民のナショナリズムが理屈抜きに沸騰するからだ。尖閣も同様で日中のメディアが互いに相手を敵対視する報道を繰り広げた。問題の中国漁船船長が処分保留で釈放された後、日本では中国の圧力に屈した弱腰外交と取り乱した批判が巻き起こった。一部の大手紙は「次は先島諸島や沖縄が危ない」と、冒頭記した故事になぞらえるような論調を展開したほどだ。

歴代の中華帝国は支配権の拡大に熱心だった。その後、列強の侵略という屈辱を経て日本を凌ぐほどの経済力を回復し、その自信と大国意識が国民のナショナリズムを膨らませている。だが、日本がナショナリズムでそれに報いるなら状況は悪化するばかりである。

「対立報道」という言葉がある。紛争の火に油を注ぐ報道をいうが、国家間の争い事ではそれが先鋭化しがちだ。一例を挙げると明治三十八年のいわゆる日比谷焼き打ち事件。日本は日露戦争に勝ったが、ロシアの賠償が少ないとして新聞などが講和を結んだ政府の弱腰を非難、それにあおられた民衆が暴徒化した。今回と通じる構図だが、相手を憎む国民感情が互いに共振し合い、思わぬ結末に至るのはよくあることだ。

「過激な反日デモの報道を見ていて、その部分だけ切り取って流しているんだなと思っています。サッカー騒ぎの時もそうですが、中国の人たちのほとんどは国旗を焼いたりした騒動自体を知りませんでした」。五年前、日本の国連常任理事国入りに反発し中国で大規模な反日デモが起こった際、中国国立上海音楽学院教授を務める歌手で作曲家の谷村新司さんのそんな文章が、意外にもさっき紹介した論調の大手紙に掲載されていた。大規模デモとはいえ中国国民の一握りにすぎないのに、その部分だけ繰り返しテレビなどで流されると中国全体が反日で沸き返っているかのように錯覚してしまう。その危うさを指摘した谷村さんは戦時中の中国侵略にも触れ、歴史を忘れがちな日本のありようを穏やかに戒めてもいた。音楽学院の教え子たちとの深い交流から得た実感だったのだろう。

そういえば、海上保安官が流出させた「ピューッ、ピューッ」と巡視船内の警報音入り衝突ビデオを何度見せられたことか。中国漁船の無謀ぶりは明白だが、だから「中国は危険だ」と感情に走る前に他の漁船はあんなことはしなかったと冷静に構える視点も必要だろう。国民の「知る権利」との関連でビデオ公開の是非が論じられているが、筆者はむしろ海保内で誰でも見られる状態だったビデオをメディアがなぜ入手できなかったのか、記者の取材力の方が気掛かりだ。

もとより中国の対応の行き過ぎも指摘しておかねばならない。中でも日本の大学生ら千人の上海訪問を突然延期させ若者たちの対中国観を傷つけたのは残念なことだ。だが、こういう時だから長い両国の交流で育まれた知恵が試される。与党幹部が「中国は悪しき隣人」と言い放つ政権では心もとないのである。