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「世界第三位」の平和国家の現実

2010年9月16日付 中外日報(社説)

世界平和度指数という英国発の国際指標で日本は今年、百四十九ヵ国中ベスト3だった。本来なら「世界で最も平和な国」と自負できる指標だが、マスメディアの報道が少ないこともあってか一向に関心がわかない。筆者も日々の生活体験から違和感を持つが、視点を変えると世界はそれほど平和と程遠い状況にあるということだ。そう理解すると「平和大国」日本の国際社会で担うべき役割が見えてくるようにも思う。

世界平和度指数は、英誌『エコノミスト』の調査部門が各国調査機関の協力で算定しているという。対外紛争、国内の殺人事件数など治安状態やテロの危険性、人権保護水準、軍事力の大小と兵器の輸出入など二十三項目を数値化し、各国の「平和ぶり」を比較している。海外派兵もマイナス要因になるようだ。

日本は初回の平成十九年と二十年に五位、昨年七位で今年六月の四回目の公表で三位にランクインした。暴力事件が少なくテロの可能性も極めて低いなど治安の良さが高く評価されたという。一位ニュージーランド、二位アイスランドで四位以降上位はほぼ北欧勢で占める。米国は八十五位、中国八十位。ワーストはイラク、アフガニスタン、イスラエル、北朝鮮など。

この序列で気付くのは、人口一億人以上の経済大国で日本の平和度が突出しているということだ。それをどう見るか。

近年、世界中で平和への脅威が拡大し、相対的に日本の評価が高いようだが、ネットで検索すると興味深い文章に出合う。「何でも序列をつけたがる欧米流のお遊び」という書き込みに見られるように、半信半疑または戸惑いを感じる人が少なくない。昨今の子ども虐待死や高齢者の所在不明問題など生命軽視の世相も影響しているのだろう。核開発に躍起の北朝鮮、台頭する中国などとの緊張関係から「平和ボケ指数」と疑う人もいる。総じて言うと「世界に冠たる平和大国」と手放しで誇れる気分にはなれないということか。

人それぞれに感想があると思うが、ともあれ指数そのものはダライ・ラマ十四世やジミー・カーター米国元大統領ら著名人からも支持されているらしい。序列よりも各国の年ごとの平和への努力が数字に表われることに意義を見いだしているようだ。平和憲法を国是とする日本としては、国際的に評価された"平和ブランド"にもっと自信を持ちたいものである。むしろそれを看板に自らの立場を世界に問い、争いに巻き込まれることのない国家戦略を立てることに平和貢献の道を探るべきだろう。

だが、残念なことに指数と逆行するような潮流が勢いを増している。先日、首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」が出した報告書もその一つ。軍事的な抑止力強化を主張し、日本の非核三原則のうち米国の核持ち込み禁止の見直し、さらには武器輸出を制限する三原則の緩和も打ち出した。平和維持を軍事的要素に短絡させる時代遅れの思想としか思えないが、不気味なのはそうした言説が公然と飛び交い始めた時代の空気である。その愚かしさを、人の「無明」という仏の深い教えから説く努力を仏教界は迫られているのではあるまいか。

もう一つ、私事で恐縮だが、筆者がたまたま沖縄滞在中の九月一日、同県議会は八月に那覇市で相次いだ米海兵隊員による強制わいせつ致傷などの犯罪に抗議する決議を全会一致で可決した。普天間基地問題に直結することだが、本土メディアは相変わらず基地公害に関心が薄い。沖縄の負担軽減を主張はしても実が伴っていない。かつてマザー・テレサは「愛の反対は無関心」と語ったと聞くが、敷衍(ふえん)すると同胞の人権を踏みにじる基地の実情に無関心な本土は、人間愛を語る資格がないことになりはしないか。