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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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祈りつつ行動を 宗教サミットで

2010年8月10日付 中外日報(社説)

「比叡山宗教サミット二十三周年世界平和祈りの集い」が四日、大津市の延暦寺で開かれた。異なる宗教の代表者たちが非戦の思いを新たにする中で、今年、国連でも披露されるヒロシマの「被爆ピアノ」の演奏が行なわれ、一般参列者から童謡「赤とんぼ」の合唱が期せずしてわき起こったのが印象的だった。

筆者はこの催しを昭和六十二年(一九八七)の開始時からほぼ毎年、取材し続けて来た。

当初は、諸宗教の指導者らが一堂に会し、祈ること自体に大きな意義があるとされた。その後、世界各地で地域紛争や戦争が相次ぎ、特に「9・11テロ」以降は「祈りとともに行動を」「対話を経て協働へ」という要請がより強まっている。

平和への最大の脅威が、国家による戦争、侵略、そしてテロであり、その解決には粘り強い仲介交渉と相当のパワーが必要だが、「殺すなかれ」を旨とする宗教者には、その役割が特に求められているからだ。

十八周年の集いには、アジアの宗教者たちとのシンポジウムも開かれ、スリランカ代表が、長年の民族抗争で仏教者が仲介し、武装勢力を話し合いのテーブルに着かせた実績を語った。

マレーシアのイスラーム代表は「日本の仏教者が紛争の現地へ来て解決に力を貸してほしい」と悲痛な訴えをした。これらに、わが国の宗教指導者たちはどう応えたのだろうか。

このような紛争仲裁への宗教者の取り組みには、大きな前段がある。今は故人となったローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は、イラク情勢が緊迫の頂点に達した二〇〇三年二月、エチェガライ枢機卿を特使としてバグダッドに派遣し、フセイン大統領に事態の改善を呼び掛けた。

三月にはピオ・ラギ枢機卿を米国に送り、「神の名において」開戦に突き進むブッシュ大統領に、思いとどまるよう働き掛けたという。

結果として戦争は回避できず、米軍将校が「枢機卿様、ご心配なく。われわれは手際よくやりますから」と答えたと伝えられるような推移にもならず、今なお泥沼状態の彼の地で多くの命が奪われ続けているのは、バチカンにとっても痛恨の極みだろう。

「空飛ぶ聖座」といわれ、世界各地の紛争解決に心を砕いた同教皇は、昭和五十六年(一九八一)に初来日した際、日本語で「戦争は死です」と語り掛け、最澄の「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」との言葉を引いて、平和のための宗教協力活動の重要性を訴えた。

教皇が「最も大切な精神」とした「忘己利他」は、決して単なる「言葉」ではなく、「行ない」であろう。イラクでも諸宗教の活動家たちが命懸けで協力して、宗派間抗争の仲裁に携わっている。平成十八年に京都で開かれた第八回世界宗教者平和会議で共同声明を発した彼らの姿は記憶に新しい。

そのような戦地でなくとも、テロや紛争の要因となる貧困や飢餓、差別にあえぐ人々を支援することが期待される場は世界中にある。何も海外に出なくても、日本国内の身近な所にも活動の現場は多い。

アーユス仏教国際協力ネットワークやキリスト教各グループ、新宗教など五十団体による「平和をつくり出す宗教者ネット」は政治への直接アピールなどの行動を何年も継続しているし、宗教者グループによるアフリカ諸国への毛布支援活動は息が長い。

新宗教団体が始めた、紛争地域の子供たちに文具やおもちゃと激励メッセージを入れた「ゆめポッケ」を贈る運動もそうだが、それぞれの活動は一般信者や市民と行動を共にしている。

五年前の国際宗教学宗教史会議東京大会で「宗教協力」が議題になった際には、「重鎮クラスの対話から、各宗教、教派で実際に活動している人たちのレベルでの協力、ノウハウの交流へシフトすべき時期ではないか」との指摘が大きな支持を得ていた。

ともあれ、宗教は人間が幸せを求め生きていくための「光」、また「指針」であるとすれば、宗教者がそれを実践するとは、「教え」を説きつつ、人々の「苦」を取り除く行ないをすることだ。

言い換えれば、確固たる宗教的信念、「発心」を持った宗教者が、世の中の問題にかかわるような何らかの行動をすれば、そこにはおのずと「宗教」がにじみ出てくるのではないか。例えば、禅で言う「行仏」も、そのように受け取りたい。

サミット二十周年で採択されたメッセージは、こう結ばれていたはずだ。「平和への道は嶮しい。そこでわれわれは平和のために一層働くことを誓う……」