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被爆桜を育てる広島の女子生徒

2010年8月5日付 中外日報(社説)

「生徒たちの夢は、オバマさんの在任中に、被爆桜二世の苗木をホワイトハウスへ送ることです」。広島市中区の安田女子中学校・高等学校(安田学園)の水野善親校長は、校門のそばのソメイヨシノの老樹を見上げながら語る。「私が着任した平成十九年、この桜は枯れかかっていました。生徒たちの活動で、よみがえりました」

安田学園はもともと、爆心に近い南寄りの場所にあって全焼、戦後に爆心から二・一キロの現在地に移転した。旧陸軍の工兵隊の跡地で、何本かの樹木が残っていた。ソメイヨシノはその一本だった。

水野校長が着任して間もなく、東京・法政大学の教授が、この桜を見たいと言って来校した。広島市内では、原爆から生き延びたエノキやアオギリの存在が注目されてきた。桜の木も何本か残っていた。

しかし、ソメイヨシノの寿命は六十年から八十年といわれる。ほかの被爆桜はほとんど枯れたため、安田学園の桜は、貴重な存在だと聞かされた。

そのことを知った水野校長は、ぜひこの木をよみがえらせたいと願った。命の尊さ、平和の大切さを学ぶ教育につながると考えた。「植物は、自らは語らないけれど、見る者に心の安らぎを与えます。イデオロギーにかかわりなく、平和の心を発信します」

水野校長は、広島県呉市・浄土真宗本願寺派正円寺(大江一亨住職)の衆徒でもある。かねて仏教の精神を教育に生かしたいと願っていた。

「やりましょう」と生徒会が賛同した。卒業生の保護者に、造園業者がいた。桜の高さは約五㍍。「上の方の枝はだめだが、下半分は生きています。木の本体を元気づけるとともに、下の枝を継ぎ木すれば、二世の桜が育ちます」と診断してくれた。

二世桜の苗木を、園芸部の畑で大事に育てた。新しい枝がぐんぐん伸びた。生徒たちはその経過を、ホームページなどで、全国に発信した。

「苗木をください」との要請が、全国の小、中学、高校から届いた。東北から九州まで約二十五校。中には「過疎のため、小学校が廃校になります。私たちがここで学んだあかしに、安田学園の被爆桜を、ぜひ校庭に植えたい」との依頼もあった。

夏休みの今も、生徒たちは交代で桜の苗木に水をやり、大切に育てている。植物防疫法などの"壁"があり、苗木を直ちに米国に送ることはできないが「いつかはホワイトハウスの庭に植樹を」が、歴代生徒会長の夢だ。

苗木を送った縁で、修学旅行先に広島を選び、原爆ドームを見た後で安田学園を訪れる学校もあるという。校内には戦時中、ガソリンに代わる松根油採りのために幹を傷つけられた松もあり、戦争の無謀さへの戒めとなっている。

同校では七月二十三日、全生徒が登校し、原爆死没者の慰霊碑前で黙祷をした後、被爆体験を聞いて平和学習をした。今年の講師は同市東区・浄土真宗本願寺派安楽寺の登世岡浩治前住職。本願寺派宗門校の崇徳中学校(同市西区・現在は中学・高校)四年生の時に被爆、家族を失った体験を語った。自坊には被爆して生き残ったイチョウがあることを告げ、樹木による平和の訴えの大切さにも言及した。

安田学園の慰霊碑には、原爆の犠牲となった職員十三人、生徒二百五十二人の名前が刻まれている。東京在住の詩人の伊藤眞理子さんは広島で文学活動をしていたころ、この碑を訪れて次の詩を捧げた。

「水色の ばら色のリボンも飾らず/あなたたちの流した汗が/ヒロシマのいしずえと思えば/目を閉じて/あなたたちを憶う」

リボンを飾ることなく原爆に逝った先輩の志が、いま桜の苗木となって、各地に根を下ろしている。