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支持率に惑わず政治に大局観を

2010年7月31日付 中外日報(社説)

中国古代の合従連衡の仕掛け人は縦横家と呼ばれた論客たちだった。巧みな弁舌を駆使、大国秦とその他六国を行き来して政治・外交を動かした。情報社会の現代で代わるものを求めるなら、さしずめマスコミの世論調査か。参院選後の衆参のねじれで激化する政党の主導権争いにも、それが色濃く投影しているようだ。だが、時々の世論受けばかりを狙った政治は国の将来を誤りかねない。政治の成熟度と国民の知恵が試されているように思う。

戦国の縦横家の代表は、合従を説いた蘇秦と連衡説の張儀だった。このうち六国を操った蘇秦について、作家・陳舜臣さんは著書『小説十八史略』で面白い人物描写をしている。蘇秦には「浮かれ」というあだ名があったそうだ。浮かれやすい人間は自己の存在を誇示したがる。六国の宰相兼務という頂点に立って蘇秦の自己顕示欲が暴走、そこを謀略では一枚上手の政敵・張儀につけ込まれたと陳さんは見立てている。

中国古典は不案内で深入りは控えるが、今の話から人の絶頂期には魔物が潜んでいるという教訓を引き出すことはできる。いつの世も変わらぬ真理で、今回の参院選にもどこか通じるものを感じる。

鳩山政権末期のメディア各社の世論調査で内閣支持率は二○%近くまで落ちたが、菅内閣に代わって数字の上ではV字回復した。新政権が唐突に消費税一○%案を持ち出したのは、それと無関係ではあり得ない。つまるところ過信あるいは錯覚だろう。大方の論調は、その唐突さが与党敗北の主因と分析していた。ただ、ジェットコースターのような支持率の乱高下を少し注意深く見たい。

一部の識者は選挙中から世論調査の過剰報道に危惧を漏らしていた。不意に争点に浮上した消費税引き上げについて、メディア各社の世論調査は「賛成」か「反対」という二者択一の問い掛けをした。国の財政が破たんに近いことは有権者も知っており「反対」か「賛成」かでは割り切れない冷静な意見も多いはずだが、それは調査結果に反映され難かった。結局出てきた数字は消費税への好悪の感情でしかなく、選挙末期に今度は内閣支持率の急落となって表われた。高支持率に依拠した菅政権の拙速・稚拙な争点設定は論外としても、複雑な政治課題を単純化してしまう世論調査とその大量報道に振り回されては危うい。そんな問題提起だったように思う。

もう一つ、筆者が懸念するのは世論調査で引き起こされるアナウンス効果だ。選挙の世論調査には、事前に情勢を告知して有権者のバランス感覚を問い、例えばかつてのナチス台頭のような政治の激変を緩和する機能が期待されている。だが、近年は有権者の「判官びいき」が薄れ、逆に「勝ち馬」に乗る傾向が顕著な上、メディアの商業主義ものぞき、調査の意義が見失われているようだ。メディアに深刻な反省を残した五年前の郵政選挙と同様、世論動員を狙う一点豪華主義的な分かりやすい言葉と政策を繰り出した方が制することになりかねない。それでは黒を白と言い含めるような弁舌がまかり通った合従連衡の世と変わらない。

幸い政界は参院を主舞台に個々の政策の一致点を探る"熟議"を迫られる。ただ、政党間の駆け引きを優先し、人気取りを競う政策論議が多数派工作の方便として乱用される事態は願い下げにしたい。大局観抜きの政党の離合集散では政治の安定も長期的な国の発展も望めない。

ところで、方便という言葉は仏が凡夫を救済するため姿を変えるなどさまざまな工夫をして教えを説くという仏教用語だが、いつの間にか「うそも方便」といった俗な使われ方が一般的になってしまった。ここは本来の方便の意味に立ち戻り、性根を据えて国の方向性を示してもらわなければならない。

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