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科学技術発展と"いのち"の恵み

2010年6月26日付 中外日報(社説)

科学技術が進むと人間の生活が変化するのは当然で、その中には歓迎すべきものが少なくない。例えば、冷蔵庫や洗濯機などの電化製品の普及により、家庭生活がどれほど楽になったことか。また、医学や医療技術の発達により、結核や天然痘などの感染症をはじめとする病気やケガが致命傷となる危険からどれほど解放されてきたことか。

だが、他方、科学技術の発達が人間らしい生活を歪め、取り返しのつかない困難を招き寄せているのではないかという危惧も広がっている。原子力などの核技術開発はその代表的なものだが、今、広がりつつあるのは、生命科学と生命操作技術が福音とばかりは言えず、人類社会全体を脅かすものになりかねないという危惧である。

二十一世紀はバイオの世紀といわれるが、医療、農業、畜産など生命科学の応用領域は、現代人の生活欲求とじかに結び付いており、経済的にも巨大な利益が期待される領域となっている。生命科学に関連したできるだけ多くの有効な特許を取ることが、大学等の研究機関の繁栄に深くかかわり、一国の利益を左右するような事柄ともなってきている。

だが、そのように目先の利益にとらわれて、生命科学の発展をひたすら願うということでよいのだろうか。生命科学はすでに生物の形態や機能をどんどん変化させる力を持っており、地球上の生態系を急速に変化させている。地球温暖化だけではない。昨今のニュースを拾っても、ミツバチが減って農業生産に甚大な影響が出ている、スズメが減って害虫の増大が懸念される、漁業資源に大きな変化が起きている等々。これらは、人類が地球上の生態系を急激に大きく変化させてきたために起こってきた事柄である。そして、その変化はますます加速されている。

予想される危険に対処するには、経済の仕組みを大きく変えなくてはならず、それは私たちの生活の全体に響いてくるだろう。まず、できることから取り掛かっていかなくてはならない。

取りあえず、環境問題という点では、一定の自覚の高まりが見られる。だが、食糧生産や医療という点では、対処が遅れている。農作物や家畜の改造に続いて、「人間改造」の医療がすでに始められている。アメリカ合衆国では、生まれてくる子どもの遺伝子の組成を「よりよい」ものにするための選別(着床前診断、配偶子売買)が行なわれている。

宗教は「いのち」に対する畏敬の念に根差したものだ。ほぼすべての宗教において、感謝の念を持つことが勧められるが、それはいのちの恵みに対する感謝の勧めと言い換えてもよいだろう。

そのいのちを手近な人間の都合でいじくり回していてよいのだろうか。科学技術がもたらした善きことを素直に理解した上で、やはり行き過ぎた科学技術への依存を抑制する道を探すべきだろう。さもなければ、人類は大規模ないのちの秩序の解体に見舞われかねないだろう。

宗教に心寄せる者ならば、このようなことは人類の傲りであり、恵まれるいのちに対する冒涜であると直観するはずだ。だが、世界の宗教界の動きは鈍い。キリスト教はそれなりの対処をしてきているが、西洋諸国はキリスト教的な偏りをなかなか克服できない。他方、アジアや日本の宗教界はどうか。ようやくそろそろと歩み出したところだが、今こそ宗教界が協力しつつ本格的な取り組みを進め、国際的な協力にも積極的に乗り出していくべき時ではないだろうか。