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マハヤーナ的な交通政策を待望

2010年6月5日付 中外日報(社説)

角川書店刊の雑誌『本の旅人』に「夢より短い旅の果て」=柴田よしき=という小説が連載されている。東京の大学の旅同好会の学生が、間もなく廃止される夜行の急行「能登」で上野駅を出発、高崎、長岡、直江津経由で金沢へ向かう。午前四時十七分、直江津の駅で、意外に多くの人が乗降する。この列車が廃止されたら、不便な思いをする人が出るだろうと話し合いながら、旅同好会の学生たちの旅は続く……。

この小説の通り、今春の"ダイヤ改正"で「能登」は姿を消した。その廃止が新潟県上越市在住のAさん夫妻を直撃した。郷里の岡山県にいる父親が入院したので、見舞いに帰ることにした。人一倍エコ問題に熱心な夫妻は、長距離の旅行にはできるだけ、同市の直江津駅からJRの列車を利用してきた。岡山への帰省には「能登」が便利だったが、もう乗車できない。やむなく夫妻は自動車で出発した。片道六百キロ、七時間の行程である。

Aさんの妻は言う。「車は確かに便利ですが、運転していると、ほかに何もできません。列車だと本も読めるし、文章をまとめることもできます」

信越本線の直江津駅はJR東日本だが、一駅西の北陸本線谷浜駅から先はJR西日本だ。会社が違うためか、関西へ向かう西行き列車の接続は、便利でない。ほとんどの列車は富山か金沢で乗り継ぎだ。特急券は通しでは買えず、割高になる。Aさん夫妻が心ならずも車で出発したのは、こんな事情からだった。

「北陸本線が通しで利用できるようになっていません。声高く環境問題が叫ばれているのに、世の中はどんどん自動車主体の方向に変わるよう仕組まれている感じです」

関西から北陸本線方面へ向かう列車は、トワイライトエクスプレスのような特殊な寝台特急を除くと、ほとんどが金沢、富山か和倉温泉止まり。新潟行きは姿を消した。糸魚川や上越、柏崎などの中都市は、西日本への足場が悪い。

北海道の玄関口の函館本線は、函館から内浦湾沿いに北上し、長万部から山越えして倶知安、小樽経由で札幌に達する。愛称は「山線」である。ところが昭和が終わるころ、旅客の大半は室蘭本線、千歳線経由のいわゆる「海線」を通るようになり「山線」はローカル線化した。松本清張の名作『点と線』で「山線」経由の特急列車が犯人の偽アリバイ作りに利用されたのが今は懐かしい。

同じ北海道の根室本線は滝川から東へ、一本で鉄路が続いているが、特急が走るのは釧路まで。そこから終点の根室までは、支線並みの軽量の気動車に乗り換えねばならない。

中央本線は東京(実質は新宿)と名古屋を結んでいるが、塩尻を境に、東線と西線が相互乗り入れすることはまずあるまい。紀勢本線は新宮を境に、西半分は電化、東半分は非電化だ。これまた直通の通し運転は望めないだろう。

山陰本線に東から乗り入れる特急列車は島根県止まり。日豊本線の南行き特急は宮崎県止まりだ。経営的に、全線の通し運転が困難なのだろう。本線と名の付くJRの沿線で、Aさん夫妻と同様、心ならずもマイカーを走らせる人が多いのではないか。

そこへまた、地方空港を結ぶ空の便に"赤信号"がともった。日本航空の経営立て直しのため、ローカル空路が大幅に削減されそうだという。一日数便だけの発着では、維持経営が困難な空港が続出するのではないか。交通の便利さでも大都市圏と地方の格差は広がるばかりだ。

「公共の乗り物でお出かけください」との告示に接することが多い。すべての交通機関は、利用者にとってマハヤーナ(大乗)でなければ。便数削減だけで帳尻を合わせる交通政策はヒナヤーナ(小乗)というべきではないか。