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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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誤った宗教観を打破するために

2010年5月29日付 中外日報(社説)

日々あふれる情報に踊らされたり、だまされたりしないための知識や知恵をメディア・リテラシーというそうだ。近年、教育現場でも関心が高いと聞く。社会的にはまだ充分認識されていないようだが、宗教界にとって因縁深いテーマといえる。宗教への正しい理解を広げるという難題に関係するからだ。

阪神・淡路大震災の翌年の平成八年、ある新聞社の主催で開かれた「NGOと宗教」と題したシンポジウムから話を始めたい。宗教教団による震災救援を総括する狙いで、現場のボランティア活動を指揮した伝統仏教や新宗連系の教団、キリスト教関係者らが出席。教義にかかわりなく被災者と直接触れ合い、活動を進めた体験を語り合った。中でも聴衆には「より良い社会環境を築くためボランティアは宗教者として必然の行動」「宗教者は周りの人々が幸せにならなければ自分も幸せになれない」などの話が新鮮だったようだ。

「宗教指導者とか宗教教団の幹部は、自らの教義を説法することはあっても他者との対話はできない人が多いと思っていたが、今日お話をうかがってそれが間違いだったと分かったことが一番の収穫だった」。コーディネーター役の某大学教授は、討議の締めくくりでそう語っていた。

以前からこの欄で震災時に宗教界の活動があまり報道されなかったという指摘がある。特定教団の布教・教宣活動の一環という偏見がマスメディアに強いことが主因だ。震災後のオウム真理教事件発覚で既成宗教までカルトへの恐怖感のあおりを受けたことも響いた。特定の信仰を持たない日本人の多くに、宗教を敬遠する心理が潜んでいることも否めない。実のところ震災取材の現場にいた筆者にも当時、同様の感覚があったように思う。

そうした宗教への固定観念について、メディアに批判的に向き合うことを教えるメディア・リテラシーの視点では、どこかで誤った先入観を生む情報が生まれ、蓄積・増幅されてきたという側面を重視する。

『宗教と現代がわかる本』二〇一〇年版(平凡社刊)の特集に、それと関連する幾つか興味深い論文が載っている。それぞれ論点が多岐にわたるが、あえて本稿に沿うポイントを拾うと、人々の意識に特に強い影響を与えるテレビなど映像メディアは社会の事象を単純化し、刺激的に報道する。従って、そもそも多面性を持つ宗教とは相性が悪い。メディアには危機をあおる性癖があり、オウム真理教をはじめ宗教団体を名乗る新々教団の事件報道が宗教に対する社会的評価をもおとしめている。メディアの宗教報道は一面的、画一的に陥りがちだが、それを正す研究の蓄積も宗教界の取り組みも乏しい――などを挙げることができる。

メディア・リテラシーの概念はもともと米国の商業テレビの影響を強く受けるカナダで発展したという。テレビ産業が巨大になり過ぎ、思うままに世論を誘導しかねないことへの危機意識が一つの要因というわけだ。消費者心理を刺激するテレビのCMにそそのかされない生活防衛のため、その必要性を力説する研究者もいる。近年、インターネットの普及など状況はますます複雑化し、メディアの影響力も拡大する中、宗教の誤ったイメージを一層助長する情報が広がっていかないとは言い切れない。

世上にわだかまる宗教教団の閉鎖的イメージは依然根強いが、上述のシンポに戻ると宗教への固定観念は宗教者の共感を呼ぶ言動にじかに触れると改まることを示唆しているのではなかろうか。

もとより宗教界の努力は欠かせない。前記の本も触れていることだが、災害救援でいうと、例えば各教団が個々に活動するだけではなく「超宗派」で臨む態勢を組めば、また違う展開が期待できるだろう。正しく伝えるには工夫も要る。