ニュース画像
参列者が念仏を称える中、伊藤門主は1292霊の法名が記された御回向帳を1枚ずつ手繰った
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

「阪神大震災」の教訓を知りたい

2010年5月20日付 中外日報(社説)

東京の人々は気付かないかもしれないが、地方からたまに上京すると、東京の街は見るたびに背伸びしていると感じられる。昭和三十年代には八階か九階建てが並んでいた場所に、二十階、三十階、あるいはそれ以上の超高層ビルが並ぶ。ビルの少なかった場所にマンションが林立している例もある。それを見るたびに思う。もし大地震が起こったら……と。

ある人から聞かされた。「三十階建てビルとは、三十軒続きの長屋を縦にしたようなものだ。長屋なら、どの家からでも逃げ出すことができる。しかしビルだと、一番端の家からでないと脱出できない。水平構造の長屋でだって混乱が起こるだろう。まして垂直構造のビルでは、その混乱は計り知れない」と。

埼玉県の自宅から都内へ通勤するAさんは、そうした事態に備え、事情が許す限り町内会などの防災訓練に参加している。ある日の訓練で、プレハブ小屋を二十メートルほどの長さにつなぎ、その中に煙を満たして通過することになった。しかし煙が濃いと前方が見えず、すぐには通り抜けることができなかった。

「地震の直後、ビルの中に煙が充満したとする。煙に有害物質が含まれているかもしれないし、炎が燃え上がるかもしれない、そうなったら大変だろうな、と思いました」

防災の専門家に聞くと、いざ災害発生という時、訓練を重ねた人でもパニックに陥ることがあるという。しかし、全く訓練を受けていない人よりは早く立ち直れるそうだ。

救命用のAED(自動体外式除細動器)の扱い方にしても、講習を受けていれば、とっさの時、機械を扱う人と、一一〇番連絡をする人との連携態勢が取りやすいとのことだった。

Aさん一家は、地震が起こったら、最寄りの神社の境内に避難しようと申し合わせている。首都圏の周辺では、鎮守の森は何より頼りになる存在である。だがAさんが勤務先にいる時、地震が起こったらどうなることか。ビルの外へ脱出できたとしても"帰宅難民"になる可能性がある。

「とりあえずはコンビニで水と食べ物を買い、わが家へ向け数十キロの道を歩くしかないでしょうね。そのために詳細な道路地図を携行しています。それでも、歩ける道があるかどうか。途中のどこかで火災が発生しているかもしれないし、飲まず食わずの人に出会ったら、水や食べ物を分けてあげねばならないだろうし……。帰宅まで何時間かかることやら」

国土交通省や東京都は、大きな川に船を浮かべて輸送することを検討中とのことだが、その船をどこから調達するか、調達できたとして、その船に殺到する人々をどうさばくか、未解決の問題は、山積している。「阪神・淡路大震災の教訓に学ぶべきだと思うのですが、誰が語り伝えてくださるでしょうか」

Aさんのように「いま地震が起こったら」を想定して行動している人も多いだろうが、それほど深刻に考えていない人もいるのではないか。日本ではいつ地震が起こっても不思議ではない。幕末の安政元年(一八五四)十一月には、西日本の沿岸部で、四日間に三回も大地震が起こった。

この時紀伊国・広村(現在の和歌山県広川町)で、高台に住む庄屋・濱田儀兵衛が、収穫したばかりの稲束に火を付けて、村人に津波襲来を知らせた。戦前の小学校教科書に「稲むらの火」として掲載されたこの故事を、国際会議の席で外国の首脳が話題にしたが、当時の日本の首相は全く知らなかったとか。来年度から一部の小学校の国語教科書で復活するという。

阪神・淡路大震災では、宗教界の救援活動が目覚ましかった。首都圏のAさんに限らず、全国の人々に、教団の組織を通じてその体験を伝えることはできないであろうか。