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一冊のパンフが秘めているもの

2010年4月27日付 中外日報(社説)

・藤波の花のむらさき連なれば行き来して仰ぐ夕べの山を  有田静昭

各地の山々を彩った桜の花の薄紅色に代わって、藤の花の紫色が目立つようになった。自然に生えた藤も捨て難いが、社寺の庭に栽培された藤棚の美も見事である。

・去年の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひ出でつも  正岡子規

桜の季節、紅葉の季節には、黙っていても観光客が集まり、鉄道やバスは満員となるが、その他の季節には、よほどPRに努めないと集客効果の上がらない路線もある。各地の電鉄・バス各社は、観光協会などと協力して、藤だけでなくあやめ、つつじ、あじさいなどの咲く社寺への参拝を呼び掛ける。主な駅や観光バスのターミナルには、色美しいチラシやパンフレットが置かれている。

筆者の知人のAさんは、観光パンフレット作りの経験が長い。今年もある私鉄の沿線では、Aさん制作の美しいパンフを片手に社寺を歴訪する人々の姿が見られる。

パンフ制作の依頼を受けると、Aさんは関係する各社寺に「よろしく」と電話で挨拶する。多くの社寺はすでに、写真入りのホームページを開いているが、パンフに掲載するとなると、一味違った情報を提供したくなるのだろうか。「一度おいでになって、あなたの目で境内を確認してください」というケースが増えたそうだ。

観光についての話題はフランクに話し合えるため、どこの宮司も住職も、開けっ広げに語ってくれる。繁華街の近くに、意外なほど広い境内地が広がっている社寺がある。よい環境が保たれたことから、花の咲く草木を豊かに育てることができたのだろう。今年見る花の美しさには数世代にわたる丹精がこもっていることを、Aさんは体感する。一時間以上も話して、掲載は一社寺につき写真一枚と百五十字ほど。パンフに表われないものを、たくさん頂戴したと思う。

そうかと思うと、昔は門前町を形成する集落に囲まれていたのに、現在は鉄道からも国道からも縁遠くなり、寂れてしまった寺院もある。江戸時代に、諸病平癒を願って奉納された大小絵馬が残っている。その絵馬堂の老朽化が進んでいるというのに、修復費用が思うに任せない。Aさん制作のパンフの効果に寺運挽回の望みを託していることが分かる。

救いは境内で時々、テレビドラマのロケが行なわれること。古い堂宇の並ぶ境内も活気づく。だがシナリオは、この寺を舞台設定したものではなく、京都の寺院のダミーだとか。

逆に時流に乗っている社寺の中には、気位の高さを感じることもある。「私の所はすでに、大出版社発行のガイドブックに掲載されている。いまさら、小さな社寺と宣伝パンフに相乗りしなくても」との気持がありあり。Aさんが「最寄り駅から歩いて何分ですか」と尋ねると「そんなことまで答える必要があるのか」としかられた。

江戸時代に何度も領主が交代した土地の古寺には、それぞれの大名家の墓が残っている。苔むした五輪塔が壮大だ。だが、その末裔(まつえい)が毎年必ずお参りに来る家と、そうでない家がある。同じ大名の子孫といっても、事情はいろいろあるらしいと、住職に聞かされた。江戸時代初期のある藩主の墓を取り巻く七基の小さな墓は、殉死した小姓(こしょう)のものと聞いた。

ただ一部の観光パンフレットだが、同じようなスタイルで並記された神社や寺院に、それぞれ人生ドラマが秘められているのを、Aさんは知った。パンフの裏面まで読み取るなら、社寺歴訪の旅はさらに豊かになるだろう。Aさんの会社にパンフを発注した団体が、どの地方の鉄道会社であったかは、想像にお任せすることに……。