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"平座"の姿勢がとれなかったか

2010年4月10日付 中外日報(社説)

さて、この二つの"異例さ"をどう評価したらよいのか。

異例さの第一。國松孝次・警察庁長官(当時)が自宅近くで狙撃されて重傷を負った。治安をあずかる組織のトップが銃弾を受けた事件の犯人を追って、警視庁はこの十五年間、懸命の捜査を続けた。だが実行犯を特定することができず、時効を迎えた。

途中で逮捕された容疑者は起訴には至らなかった。「自分がやった」と名乗り出た人物がいたが、確たる物証に結び付かなかった。努力に努力を重ねた上での時効成立である。

異例だったのは、時効成立の直後の警視庁幹部の記者会見である。「オウム真理教による、組織テロだった」と発表された。ではなぜ逮捕できなかった組織を名指ししたのだろう。「疑わしきは罰せず」が近代社会での法律上のルールではないのか、との素朴な疑問が浮かぶ。

異例さの第二。この時効成立と相前後して、足利事件で有罪判決を受けた菅家利和さんが、再審裁判で無罪となった。検察と警察の完敗である。なぜこのような結果を招いたかを反省する文書が、最高検と警察庁からそれぞれ発表された。自戒を込めた文書を発表するとは、これまでなかったことだ。

現場で捜査に当たった警察と、その経過報告に基づき公判を進める検察と、立場の違いはあるが、共通するのは「疑わしき」と思い込み罰してしまった悔いではないだろうか。

当時のDNA鑑定についての正確な理解が足りなかった。さらに菅家さんが、なぜ途中で自白を翻したかについての配慮が欠けていた、との反省を読み取ることができる。さらには、同じ過ちを繰り返さないための方策をとるとの決意も示されている。

足利事件関連の潔さと対比して、狙撃事件についての警視庁発表を、どう重ね合わせて理解したらよいのだろう。一般の市民は当惑してはいないか。

ここでさらに、異例さをもう一つ追加しよう。宇都宮地裁での再審裁判で菅家さん無罪を言い渡した佐藤正信裁判長は言葉を継いで「菅家さんの真実の声に充分に耳を傾けられず、十七年半の長きにわたり自由を奪ったことを、再審公判を担当した裁判官として謝罪します。申し訳ありませんでした」と述べ、両陪席の裁判官と共に立ち上がり、深々と頭を下げたと報道されている。裁判史上、異例のことだ。

さらに栃木県警の石川正一郎本部長も、刑務所を出て約二週間後の菅家さんと会い、謝罪している。平成六年の松本サリン事件で、被害者の河野義行さんを犯人扱いした長野県警が、疑いが晴れた後も謝罪を渋ったのと比べると、対照的な姿勢である。

惜しむらくは、と思う。まず再審の法廷である。新聞報道を読む限りでは、三人の裁判官は所定の席、つまり"高い場所"から謝罪をしたようだ。裁判官の席からの発言でないと公式のものにならないという事情は分かる。しかし、いったん閉廷した後に菅家さんのいるフロアに下り立ち、もう一度謝罪の言葉を述べることはできなかっただろうか。つまり蓮如上人が門徒を迎える時"平座"で対話した姿勢である。

さらに、菅家さんと県警本部長との会見は、県警本部で行なわれている。菅家さんが「自分の方から出向く」と希望したというが、形式的には"呼びつけて"謝ったことにならないだろうか。菅家さん側が対面場所を用意できなかったのかもしれないが、それなら県警側が適当な場所をセットし、本部長が出向くという姿勢を示してもよかったのでは? せっかくの謝罪が「仏作って魂入れず」になった感じだ。

「だからこの次には」などとは言うまい。冤罪は今回限り、二度とあり得ぬと信じているのだが……。