ニュース画像
関係者に感謝の言葉を述べる田代弘興化主
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

ブッダ像の前でくつろぐ仏教徒

2010年4月6日付 中外日報(社説)

その一瞬、冬の夕日が光の矢のように、クシナーラ(クシナガラ)の涅槃堂に差し込んだ。横たわる釈尊像の顔が照らされた。京都市出身の写真家・小林正典氏(60)は、その美しさに、思わず立ちすくんだ。「アーナンダよ、私は疲れた。横になりたい」と語った、二千五百年前の釈尊の声を聞く思いだった。

小林氏は言う、「確か一九八九年のことでした。涅槃堂の釈尊像は、今は金色に塗られているが、当時は飾りのない素朴なお姿でした。それだけに私は、身近な存在としての"人間・釈尊"への親しみが感じられました」。

だが当時の小林氏は、ゆっくり仏跡を巡拝するゆとりはなかった。一九八〇年以来、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の契約カメラマンとして、内戦に苦しむ難民の姿を撮影する日々が続いていた。場所はウガンダ、ソマリアなどのアフリカ諸国だ。

戦火はやがて、アフリカや中東だけでなく、ヨーロッパの旧ユーゴスラビアにも広がる。一方、内戦の収まったカンボジアでは、未処理の地雷のため、次々に死傷事故が起こる。小林氏は休む間もなく、カメラを背負い、戦場や難民キャンプを駆け巡った。

三十代前半のころは、半年近くも帰国せずに頑張ったこともある。しかし年齢を重ねると、体力の限界が感じられる。「お釈迦様と同じように、私も疲れを感じ始めました。東南アジア諸国の仏跡や仏像、仏教徒の姿に心ひかれるようになりました」

インド、ミャンマー、タイ、スリランカ、ラオス、カンボジア……。上座部仏教にかかわりのある国々での取材を重ねるうち、北伝の大乗仏教諸国に比べて、涅槃仏が格段に多いことに気が付いた。諸尊諸仏の数が多い大乗諸国に対し、南方の上座部仏教は釈迦一仏を礼拝する。

その釈尊像は、祀られる場所によってさまざまに姿を変えることがあるが、大きな寺院には必ずといっていいほど涅槃像が安置されている。涅槃が、あらゆる煩悩や執着の炎を吹き消された状態を表わすことへの信仰からであろうか。最近の二年間、小林氏のレンズはひたすら、横たわる釈尊像に向けられた。

「お堂や洞窟の中に祀られたもの、屋外に置かれたもの、さらにはレリーフや壁画など、多種多様です。巨大過ぎて、超広角レンズに収まらないものもある。必ずしも豊かではない地方で、どうしてこんな巨像が造られたのだろうと感じさせられます」

国によっては、境内では履物は禁止と決められている。東南アジアで暑いのは四月から五月。大理石などを敷き詰めた寺院では、真昼には焼けた鉄板を踏む感じになる。

そうした悩みに加えて、政治の壁の厚い国もある。例えば軍政下のミャンマーは、指定の観光地以外で撮影するには、事前に許可を受け、ガイドを同行することが義務付けられる。公共の列車やバスには乗れないから、タクシーを雇わなければならない。

「しかし、ミャンマーの人々ほど親切な国民はいませんね。快く被写体になってくれるし、物を売り付けようとはしない。だから、同じ場所を再取材する時には、前に写したプリントを持参して配るようにしてきました」

このほど小林氏が出版した『横たわるブッダ』=毎日新聞社=には、よりすぐった九十五点の写真が収められているが、自分自身で印象深いのはミャンマー・ヤンゴンのシュエダゴン寺院の涅槃像の前で、十数人の僧俗が思い思いの姿勢でくつろいでいる図柄だという。この人々にとって、横たわる釈尊は、安らぎのひとときを共に過ごす対象なのであろう。

日本の一般寺院ではあまり見られない風景だが、これこそ仏教の一つの姿とは感じられないだろうか。