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時が変われば…声が変わるのか

2010年3月27日付 中外日報(社説)

昭和二十年三月に大空襲のあった東京、大阪、神戸などで被災者、遺族らによる六十五周年の慰霊式や無差別爆撃下の地獄のような体験を語り継ぐ催しが相次いで開かれた。大阪大空襲は住宅地への狙い撃ちだったという報道もあった。筆者は空襲の非人道性や被災者の悲話を耳にするたびに、日本政府が昭和三十九年、米国のカーチス・ルメイ将軍に勲一等旭日大綬章を授与したことを思い起こす。無差別爆撃を立案・指揮した人物である。

ルメイ将軍は対日爆撃作戦の司令官だった。彼の作戦により一晩で約十万人もが犠牲になった三月十日の東京大空襲を、以前にNHKが特集番組で放映していた。軍事関連施設への高高度からの精密爆撃の効果が乏しいため、一般市民を巻き込む無差別爆撃に切り替えたという。その思想は広島、長崎への原爆投下にも通じるものだ。

都市の焦土化作戦の非人間性は筆舌に尽くせるものではないが、ここではルメイ将軍への勲章授与を考えてみたい。勲一等旭日大綬章(平成十五年から旭日大綬章)といえば、受勲者は政治家では大臣か知事、司法界では最高裁判事、民間では一流企業の会長・社長級にほぼ限られる。昨年はケニアの環境保護活動家でノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんに贈られ話題になった。将軍への授与の理由は「航空自衛隊創設への貢献」というものだった。

西欧に伝わるという「時が変われば鳥が変わる。鳥が変われば声が変わる」とのことわざが浮かぶ。昔読んだ本の受け売りだが、時代が変われば世に発言する人の顔ぶれも話す言葉も変わるという含意があるらしく、本の著者はそれをもじって日本は特殊で「時代が変わると同じ人物が違う言葉を話す」と皮肉っていた。縮めて言うと日本には責任を問う文化が育っていないという批判だ。その当否はともかく日常慣用句の「水に流す」というニュアンスの言葉が外国では見当たらないという。ルメイ将軍への勲章授与の裏に当時の日米間の複雑な政治事情が絡んでいたことは想像に難くないが、つまるところ今の話を裏返しにしたような無責任さではなかったか。過去のこととして済まされまい。

言うまでもなく日本は敗戦を境に価値観が百八十度変わってしまった。戦前・戦中に教壇で軍国主義を鼓吹し、教え子を戦場に送り出しながら戦後、何事もなかったかのように新生日本を口にする。そんな教師が少なくなかった。その姿に不信感を持ったという経験を、筆者も身近な諸先輩から何度か聞かされた。

ジャーナリズムの世界では、軍部の戦争遂行に積極的にかかわった新聞が敗戦後もそのまま存続した。ドイツの新聞が戦後すべて廃刊になったことと対比して責任の取り方を問う声を今でも時折耳に挟む。

「怨親平等」という仏の教えがあるが、一方で自分自身や同胞の痛みにあまり寛容だと他人の痛みも分からないということもある。空襲によって目の前で肉親を焼き殺され、すべてを失った人々の心の傷は水に流せるようなものではなかろう。責任ということについては、きちんとけじめをつけたいものである。

その点で昨今、公憤に駆られるようなニュースが相次いでいる。日本の国是である非核三原則の実効性に不信を抱かせる核持ち込みなど日米間の一連の密約の存在がやっと公表された。また、全国の空港の多くが意図的とさえ思える過大な航空需要予測に基づいて建設されていた。この二件は最たるものだ。

前者は非核・平和を願う国民感情を愚ろうし、後者は国民が巨額な赤字の尻拭いを迫られる。共通しているのは時の政治家や官僚たちの無責任さだが、当事者の誰かがけじめをつけたとは聞かない。水に流せる話ではないのに。