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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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話題性と教化の実質

2010年3月16日付 中外日報(社説)

宗教と芸能はよく知られているように、かつて同じ領域だった。神仏への祈りという大本から、さまざまな芸能・芸事が生み出され、そして、まさにその祈りの世界の中で大きく進化していった。

 歌舞伎や文楽の本歌といってよい能狂言も、お香もお茶もお花も、そういう意味で皆、神仏への祈りから生まれた。それが中世以降、次第に分化してゆき、独自の発達を遂げるにいたったのだ。

昨今、そうした日本の芸能・芸事を含む実にさまざまなエンターテインメントの、神社仏閣への奉納行事が盛況である。境内でフォークやジャズ・ロックのコンサートが催されるのも、もはやなにも珍しいことではなくなっている。実にさまざまな芸能・芸事が奉納され、また、そういう奉納行事に誘われて、多くの人たちが境内を埋める。

社寺の境内というのは、芸能者が自分の芸を披露する場として話題性もあり、魅力的なのだろう。芸能者の側はなかなか積極的だ。一方、社寺側もまた、その話題性で多くの人が来てくれるのだから、両者の利害は一致するわけだ。そこに催事が仕掛けられ、ある種の賑わいが創出されるという寸法である。

むろん、だからといって境内を単なるエンターテインメントの場として使われては、社寺はたまったものではない。そこで登場するのが「奉納」の二文字だ。本来、静寂であるべき境内と明らかに異質な芸能であっても、多少の反対意見なら押し切って行なわれる。

近年、こうしたエンターテインメントの場として、境内という宗教空間が使われる頻度が増大しているように見受けられる。

しかし、そうした芸能・芸事は「奉納」とはいえ、管見のかぎりでは皆、本尊にお尻を向けて演じられたり、演奏されたりしている。これでは、お里が知れるが、社寺側にとって、この「奉納」というコトバが、ある種の免罪符になっているのかもしれない。もうそろそろ、神社仏閣も考え直したほうがいいのではあるまいか。

それというのも、ふだん神道や仏教になんの興味も示さない人々が、いわば客寄せパンダのエンターテインメントを見、聞きに来る。――それが今後の、社寺への縁になるからいいじゃないか、というのだけれど、この考え方がそもそも甘いのではないだろうか。

それまで無縁の人々がともかくも社寺へ来るのだから、なるほど、ご縁が結ばれたといえばいえるかもしれない。が、境内に集まる人たちの多くははっきり言って、そのエンターテインメントだけが目的だ。

一歩譲って、そこに「今後の縁」を認めるとしても、そのような「今後の縁」にすがるのは少し安直に過ぎはしないだろうか。境内は人々の安寧を祈り、寺院であれば、仏の教えを学ぶ場である。その根本に沿った地道な教学活動が、そもそもちゃんと行なわれているのかどうか――それがまず問題だ。

その上ならばともかく、ただ有名なエンターテインメントの奉納に頼って、今後の縁を求めるのはあまりにも安易で、そうしたことで、人々の関心を仏教に向けさせられるなどというのは、厚かましい考え方という他ない。

筆者はかつて、ブータン・パロのツェチュのお祭りを実見した。パドマサンバヴァの大肖像画が奉懸された広場は、未明から法要が執行され、鈴なりの大勢が出仕の僧侶たちを取り囲んでいる。日が昇ったころ、法要は終了、そして本尊の肖像画が仕舞われた後、さまざまな芸能が催される。

宗教と芸能がもはや分化していて、その両者の間にキッパリと一線が引かれてあるのだ。パロのその広場に五、六時間いたが、今思い出しても快い興奮を感じ、また、ある種の潔さをも感じる。

今の世の中、どこもかしこも喧騒と饒舌が支配している。こういう時節、社寺の境内くらいは静かで、物思う場であってほしい。寺院が築地という結界に仕切られ、神社に下馬の標石が据えられているのは何故か、その意味を思い起こしてみたい。