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息子に問われて"紡ぎ"続けた詩

2010年3月6日付 中外日報(社説)

「ひとつの死が/ひとつの生を包み/ひとつの生が/ひとつの死を包み/生と死は/一本の糸のなかで/くるくる/くるくる/終わりなく/生に向かい/死に向かい/ひとつの生が/ひとつの死を包み/ひとつの死が/ひとつの生を包み/死を迎えるため/生を送り/死の向こう側の/生のために/死を生きる」

大阪府寝屋川市の法華宗本門流正立寺住職、川口日空氏が先ごろ出版した第五詩集『死を生きる』の主題となった詩である。川口氏は毎月一編から二編の詩を「つむいできました」と言う。どんな場面で詩が紡がれるのか。

川口氏は昭和四十九年以来、ユニークな寺報を月刊で発行し続けてきた。昨年末で四百二十五号になる。題して『サットバ』。菩薩――地涌の菩薩を意味する誌名である。

行事のお知らせは少なくて、読み物中心の構成だ。法華経の解説、法話、仏教的な戯曲やエッセー。外部からの寄稿もあるが、大部分は川口氏が執筆する。毎号A五判三十ページ前後、すべて川口氏のパソコン入力である。法務の傍ら、かなり重い作業になる。

その『サットバ』の巻頭を飾るのが、自作の仏教詩だ。最近号には「一歩を刻す」と題して、次の詩が掲載されている。

「遠回りして/遠回りして/やっと/たどり着いた/この場所/この道/私の道/通ってきた道を/振りかえりながら/前に延びる/道なき道を/ただみつめ/心たぎらせる/偉大な過去たちが/いっせいに/声をかけ/"ぼさつ"の道を/ほのみせる/みんなとともに/一歩を刻す/その日は/来た」

平易な言葉で菩薩の道を説いている。『サットバ』の読者はまずこの巻頭詩を読むという。

では、もう一つの「つむぐ場」はどこか。『サットバ』は最初、わずかな部数を檀家だけに配っていた。ところが、伝え聞いた人々――宗門人や檀家以外から読みたいとのリクエストが相次ぎ、発行部数が急増、第三種郵便物の認可を受けられるほどになった。読者から"購読料"が届く。領収書を兼ねたお礼のはがきを出す。そのはがきにも別の詩を刷り込む。法華経の中の一句を選び、その精神を敷衍(ふえん)するのだから、題材は尽きることがない。こうして、これまでに紡いだ詩の数は五百編近くになる。詩集の作品はその中から精選された。

詩を紡ぐきっかけは、長男・正継さんとの対話だった。約二十年前、小学校三年生だった正継さんが問いかけてきた。どうして生きているの? なぜ生きてゆかねばならないの? 死ねばどうなるの?

返答に迷いながらも川口氏は、こう言った。「人というものは自然の中から生まれ、自然のなかへ帰ってゆくだけのことさ」と。

自分とか自我というものは、はなから存在しないのだという。この仏教的な返答が正鵠を射ているかどうかは別にして、これを納得し自覚するのは難解のことだ、と川口氏は詩集の「あとがき」に記す。

人生という難解なトンネルを、どうすればくぐり抜けることができるか。その自問自答を繰り返しながら川口氏は「詩をつむいできました」と言う。

間もなく古希を迎える川口氏は、小学校三年生だった息子の質問に対し「なお明白な自覚をすることもできず、おそらく死ぬまで、この質問とともに悩み続けていくことでしょう」とも言う。

「……宇宙のなかで/わたしは/億年前を抱き/千年前を抱き/十年前を抱き/昨日を抱き/明日へと生きる/お日さまに掌をあわせ/お月さまに掌をあわせ/お星さまに掌をあわせ/あなたに掌をあわせ/みんなに掌をあわせ/いのちを抱く」

川口氏の『サットバ』誌は、今年から季刊に切り換えられた。