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原始仏典に学び朝鮮戦争に学ぶ

2010年2月23日付 中外日報(社説)

「国王は武力をもって大地を征服し、海辺に至るまで地域を占有し、海のこなたでは満足せず、海のかなたまでも求める」。テーラガーターの一節である(中村元著『仏典のことば』)。支配者の権勢欲には限りがない、それは現代にも通じることだ。最近、出版界で話題の『朝鮮戦争』(上下巻、文藝春秋)は、経典の言葉を想起させる。戦争指導者が自己の権勢に執着したが故に多大な命の破壊を招いた。その裏面を描いた著作である。

朝鮮戦争は一九五〇年六月、金日成率いる北朝鮮の大軍が突如三八度線を越え韓国に侵攻し、米軍中心の国連軍の反撃で逆に鴨緑江まで敗走、毛沢東の中国軍が介入して丸三年間続いた。ソウルの支配権が三度変わる凄惨な戦いの末、休戦協定が成立した。軍関係で計百万人以上が戦死、民間人数百万人が犠牲になったといわれる。

『朝鮮戦争』の著者デイヴィッド・ハルバースタム(本書脱稿直後、交通事故で死亡)は、世界的に著名な米国のジャーナリスト。元兵士らへの膨大なインタビューで戦争の実像に迫った。取材の丁寧さは、例えば戦場での米軍将校のつぶやきを「彼は自分の大隊の戦死者の名前を一人ひとり口に出し、それぞれの死に対する自分自身の責任について神の許しを求めていた」と記述した文章一つにもうかがえる。

同書は国連軍を指揮した米国極東軍司令官・マッカーサーの「中国は介入しない」という誤算とエゴに焦点を当てた。その象徴が五〇年十一月以降、米軍を拙速に鴨緑江にまで進攻させ中国軍大部隊の待ち伏せ攻撃で悲惨な事態を招いたことだ。氷点下二〇度という厳寒期なのに米軍兵士は夏服だった。同書の副題「ザ・コールデスト・ウインター」が作戦の愚かさを暗示している。マッカーサーは戦争中、前線に足を運ばず、東京のGHQ(連合国軍総司令部)で指揮した。

「顰(ひそみ)に倣う」という故事がある。中国の春秋時代、呉王が寵愛した美女・西施の眉をひそめる所作を宮廷の女官たちがまねた。GHQの高級将校たちもマッカーサーが笑顔だと作り笑いをし、眉をひそめると同じように眉をひそめたと同書は書く。彼は取り巻きにとっては間違いを犯さない預言者さながらであり、将校たちは不吉で悪い情報はねじ曲げて伝えた。マッカーサーは自分が崇拝されることを望んだ。それが結果として鴨緑江近くでの絶望的な戦闘につながったと同書は断じる。だが、彼は自分の責任を認めないばかりか限定戦争に収めたいトルーマン大統領に終始逆らい中国との全面戦争を主張、最後は解任される。「東洋人は権威と力に従順に従う」という彼の思い込みと人種差別意識も見過ごせない要因という。

この戦争は当事国首脳の誤算が重なり合った。金日成は南進に呼応して韓国民衆の蜂起が起こると錯覚し、毛沢東はソ連・スターリンの支援が得られず、緒戦の勝利で米軍の軍事力を過小評価もした。権力を持つ者の欲望の暴走は止め難い。犠牲になるのは名もない兵士や庶民だ。

冒頭の話に戻ると、原始仏教は世俗の権勢から遠ざかることを教えたという。だが、それで終わっては二千五百年の人類の歴史が泣く。現代仏教に課せられた困難な課題だろう。

ところで同書から得られるさまざまな教訓の一つに筆者は軍人が政治にかかわることの怖さを挙げたい。マッカーサーは、共産主義革命で台湾に逃避した蒋介石の大陸反攻を支持する米国議会共和党の右派と気脈を通じる政治的な人物だったという。中国との全面戦争の主張もそれと無関係ではなかったようだ。日本の自衛隊幹部が最近、日米同盟に関する鳩山首相発言を公然と批判したという報道があったが、軽視できない。二千数百年前の経典に学ぶべきであろう。