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社長が確かめたブレーキの不調

2010年2月20日付 中外日報(社説)

先年、東京都伊豆大島のペンションに一泊した。宿の名は「すばる」。オーナーは富士重工業の元技術者で、定年退職後にペンションを開いた。富士重が最初に発売した軽乗用車「スバル360」を宿の名に選んだそうだ。

ペンションの食堂には、富士重が戦前、「中島飛行機」と呼ばれた時代に生産した航空機の模型もあり、技術者の思いのこもる雰囲気だった。

富士重の「スバル」が走った昭和三十年代、広島の街に「R360クーペ」が登場した。地元の自動車メーカー(株)マツダが東洋工業と呼ばれた時代に、当時の松田恒次社長が開発した超小型車だ。この会社は戦前以来、荷物を運ぶオート三輪車のメーカーだったが、四輪車時代を控えて乗用車生産に踏み切った。

だがこの「クーペ」は、遊園地の子ども用電気自動車を連想させるほど小さな二人乗りの車体である。小さな排気量を生かすため、可能な限り軽量のアルミ合金が使われた。

松田社長と懇意な広島の財界人が「発売記念に一台買ってあげよう。だが、すぐ壊れるかもしれないね」と話し掛けると、松田氏は色をなして言葉を返した。「何を言うか。ウチの会社は、すぐ壊れるような車は造っとらん」と。

すぐ壊れはしなかったが「クーペ」はすぐ姿を消した。狭くて、乗り心地が良くなかったのだろう。新車を出すたびに車体が大きくなり、トヨタやニッサンと肩を並べる車種を生産するまでになった。その経過は軽乗用車や二輪車から出発したほかのメーカーとほぼ同じだった。

さて、世界をリードするまでになった日本の自動車業界のトップは、愛知県を本拠とするトヨタ自動車である。そのトヨタの車に対して昨年来、米国のユーザーを中心に「アクセルの具合が悪い」などの抗議が相次いだ。さらに今年になって内外から「プリウス」のブレーキが利きにくい、とのクレームが出た。

いま売り出されている三代目の「プリウス」は、エコ優先時代にふさわしいハイブリッド車として、今後のトヨタを支えるべき車種である。その「プリウス」が不具合とは、トヨタにとって由々しい事態だ。

当初、会社側は「ブレーキに欠陥はなく、使う側のフィーリング(感覚)の問題だ」と反論した。しかし豊田章男社長が自ら運転してみた結果、「ブレーキが利かなくて"抜ける"瞬間がある」ことが分かった。同じブレーキを使っているほかの車種を含めて、トヨタは無料で修理するリコールに踏み切った、と伝えられている。

社長自ら運転してみて欠陥を確かめたのは、評価されるべきであろう。しかし社運をかけた新車「プリウス」に、それまで社長がノータッチだったのは、なぜだろう。第一号車が完成した時点で、自ら運転はせずとも同乗して、乗り具合を確かめてもよかったのではないか。時代や経営規模に差はあるが、東洋工業の松田社長が「すぐ壊れる車は造っとらん」と言明した姿勢との差を感じる。

一部週刊誌は、トヨタ関係者の取材から「同社の社内には、幹部の耳に快い情報だけを伝える"三河弁"が流れている」と報じた。まさかと思う。すでに豊田社長は記者会見で、同社が危機的状況にあることを認めている。この上は、社を挙げて信用回復に努力することを期待したい。

危機的状況にあるといえば、仏教界にも通じるものがあろう。高齢化、過疎過密の進行、寺離れ……。檀家組織の前途が楽観できない地方が多い。その事態を憂慮して、都市開教などに取り組みを開始した宗派もあれば、この問題にあえて触れようとしない宗派もある。宗政のブレーキやアクセルの利き具合の確認は、早いに越したことはない。週刊誌のいう"三河弁"に流されないように。