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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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苦難を負った世界に共苦共感の安らぎを

2010年1月1日付 中外日報(社説)

日本の経済構造も政治の仕組みも激しい変化を強いられ、日本社会は厳しい荒波に翻弄されている。

高校、大学卒業者の就職戦線はかつてない厳しさで、若者は将来への深刻な不安を抱えている。今日明日の生活のやりくりが成り立たなくなる者たちもあふれている。職を持つ者も少ない給与の確保に奮闘しつつ、多数の失業者や路上生活者の苦しみを目の当たりにして暮らす日々が続いている。第二次世界大戦後、右肩上がりの経済成長を遂げ、そこで築いた資産で何とかやりくりできると感じていた時代も終わりつつある。

このような社会環境は、宗教界にとっても厳しいものであるに違いない。宗教団体や宗教者は、団体財政や家計が辛抱の限度を超えるところまで来ているかもしれない。信徒個々人は宗教行事に足を運ぶゆとりもなくなってきているかもしれない。「事業仕分け」ではないが、経費の切り詰めで辛うじて支出を浮かせた分、無理な仕事を背負わざるを得なくなっている人も多いだろう。しかも将来の改善はあまり期待できない。このように暗雲で視界が覆われたことは、過去半世紀なかったことだろう。

だが、このような時こそ宗教の真価が発揮される時なのかもしれない。歴史を振り返れば、貧困、戦乱、災厄、抑圧に苦しむ人々に希望の光を投げ掛ける力を持った時、宗教は偉大な力を発揮してきた。仏典にもトーラー(旧約聖書)にも新約聖書にもクルアーン(コーラン)にも、苦しむ人々への救いの呼び掛けは、数えきれぬほど見いだされる。そもそも民の救いのメッセージこそが核心であり、文書全体が苦しむ民への希望の呼び掛けであるような聖典も少なくない。

日本の宗教史から一つだけ例を挙げよう。江戸時代前期、寛文十一年(一六七一)に伊勢に生まれ、江戸で商業を営むうち信仰に目覚め、富士信仰の指導者となった食行身禄という人がいた。富士講の行者として世の救いを目指すようになった身禄は、享保の飢饉と動揺する民心を何とか力づけるべく、享保十八年(一七三三)、富士山中腹で入定した。

瞑想に入って食を断ち、そのまま身を仙元大菩薩に捧げ、「ミロクの世」、つまり平和で幸福な理想の世の到来を祈り絶命した。仏教の弥勒信仰や修験道の影響を受けながら、独自の境地を切り開いた宗教者であり、多くの民衆がこれに励まされ、富士信仰の道を歩むようになった。人々の苦悩に寄り添い、その心の支えになるものをわずかなりとも指し示すことができたとしたら、宗教の存在意義は明確になる。人の心の奥深くに潜む、共苦共感による安らぎの願いに応じるからだ。

今日、日本の宗教も確かにそのような働きをしている。例えば、路上生活者や貧しい失業者への支援の動きが、宗教、宗派の違いを超えて取り組まれている。平成七年、阪神・淡路大震災の折、全国からボランティアが駆け付けた。そのころから、必ずしも「宗教」を掲げず、人々の苦難に寄り添う生き方が育ち始めていた。その後も若者の間に、そうした精神が根付いていった。

今やそれは太い流れになりつつある。日本の宗教界はもちろんその流れに棹さしてきた。今後、宗教界がこの潮流の重要な担い手となり得るのかどうか、今年はそれが問われる年となるかもしれない。