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権利の根本に人格の尊厳性の感覚がある

2009年12月5日付 中外日報(社説)

人権の思想は近世欧米における人民の対王権闘争から生まれたものである。

英国では十七世紀、英国国教会の宗教改革は不徹底だとする清教徒が王党と戦い、その一派がアメリカに移住して、十八世紀にはアメリカ独立宣言がなされるに至るのだが、そこでは神によって与えられた不可譲の人権が主張されている。

その権利には生命、自由および幸福の追求が含まれている。政府はこの権利を確保するためにあり、人民はこのような政府を組織する権利を有する。フランスの人権宣言でも自由、平等、財産・安全、圧制に反抗する権利が主張された。

こうして現代において人権というとき、不当に逮捕・強制されないこと、人間らしく生きること、自由、平等、安全、政治への参与、労働、福祉、などへの権利が意味される。現代ではさらに環境権が問題となっている。

このような権利は初めは宗教的に基礎付けられたのだが、やがて非宗教化(世俗化)されて人間固有の権利と考えられるようになった。宗教的基礎というのは、神とかかわる人格には犯すべからざる尊厳性があるということで、人権思想はその内容の法的(世俗的)表現となったわけである。人権の思想は近代が生み出した最も大切なものの一つで、貴重な遺産として後代に継承されなければならない。

しかし宗教の創始者には人権の主張はない、というより、宗教者は権利を放棄していたという面がある。人は所有を主張して争う。しかし宗教者には「我」がないから「我の所有」もない、とは仏教でも基督教でも語られたことである。「我」がなければ「我の権利」もないわけだろう。

宗教は元来、政治や経済への関与には消極的であった。逆に清貧の理念があった。基督教の例を挙げれば、イエスは弟子を神の国宣教に派遣したと記されている(これは原始教団の宣教理念がイエスの時代に逆投影されたものだという説もある)。それによると弟子たちは杖一本のほかは何も持ってはいけないのだった。パンも袋も銭も持たず、足にわらじを履くだけで、下着も一枚しか着なかったという。

当のイエスはユダヤ教支配者に告発され、公正な裁判も受けずにローマから派遣された総督によって十字架刑に処せられてしまった。原始基督教団の使徒パウロはローマの市民権を持っていて、市民権のおかげでローマで裁判を受けることはできたのだが、伝道の労苦を「コリントの信者への第二の書」でこう漏らしている。

――投獄され、鞭打たれ、石で打たれ、しばしば死に直面した。難船したこと三度、旅をして川の難、盗賊の難、同国民、異邦人からの難を受け、さらに都会の難、荒野の難、海上の難、偽兄弟の難に遭い、飢え渇き、寒さに凍え、裸でいたこともあったという。そのパウロも殉教の死を遂げたと伝えられる。

初期の基督教徒は人権を認められるどころか、ユダヤ教徒やローマ帝国から不当な迫害を受けたのである。しかも彼らの多くはそれを進んで甘受したのであった。人権が主張される時代のはるか以前であったとはいえ、人格の尊厳に目覚めた宗教者自身には「人権」は認められていなかったし、それが主張されることもなかったのである。

宗教の創始期には、人格の尊厳を見いだした宗教者自身は受難・殉教し、はるか後代になってから、宗教的に基礎付けられた人間の尊厳が法的表現を得て人権思想が確立したのである。割に合わないようにも見えるが、歴史にはこうしたことがしばしばあるものだ。

ところで、現代人の権利主張を苦々しく思う宗教者は少なくないようだ。他方、抑圧された人の人権を守る運動に身を投じる宗教者も少なくない。これはどうしたことだろうか。個人としては権利を言い立てず、社会人としては人権を主張する、ということだろうか。しかしそれでは、個人は同時に社会人であるのに、社会性と個人性が切り離されることになる。

宗教者の実際の生活と権利主張との間にはある齟齬があるようだ。この問題は突き詰めて考える必要がある。ただ、ここで簡単に結論を示唆するなら、権利の主張と権利の放棄は、一方を取って他方を排除するという問題ではないということである。

そもそも権利の根本には人格の尊厳性への感覚がある。とすれば、自他の人格の尊厳を守るために人権を主張する場合があり、他方では人格――特に他者の人格――の尊厳を守るために(要するに他者に奉仕するために)自分の権利をあえて放棄する場合もあるということだろう。