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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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戦争を知らない世代へ語り継ぐ

2009年10月29日付 中外日報(社説)

今のうちに戦争体験を語り継いでおこう、という動きが活発である。この秋の同窓会で、神奈川県在住の元富士電機神戸工場長、鈴木慶三さんの被爆体験記が出席者に手渡された。広島での被爆から一年半後に「記憶が薄れないうちに」と書き留めておいたものを、パソコンに入力したという。

鈴木さんは広島高等師範学校附属中学校(現・広島大学附属高校)四年生に在学中、爆心から一・五キロの同校木造校舎の二階で被爆した。工場動員を免除されて、級友二十五人とともに科学関係の特別教育を受けていた。

講義していた広島文理科大学(現・広島大学)の有機化学の教授が、黒板に書いていた化合物の構造式を記憶しており、原爆の光線が校庭の松の木の間をチンダル現象のような光り方で到達したとも記す。科学を学ぶ者らしい冷静な書きぶりだが、十一月三日で満八十歳の鈴木さんは最近、体調が充分でない。手記のコピーは親族に託して同級生に手渡された。

手記には、原爆の爆風で校舎がどのように崩壊したか、教室に居合わせた級友がどんな状態で下敷きになり、どう脱出したか、自力で這い出せない者を誰と誰が救出したかを克明に記している。広大附属高校の同窓会は、旧校舎の最後の日の状況を物語る貴重な資料であるとして、この「鈴木リポート」を永久保存することにした。

最近、戦後生まれで近畿地方在住の学者A氏が、亡き父の戦時中の日記をまとめて出版した。A氏は「あとがき」に「戦争末期の陸軍の愚挙で最たるものは、竹槍訓練と天井の撤去だった」と記している。天井撤去とは、米軍機から投下された爆弾が天井裏に引っ掛かって炎上するのを防ぐため、家々の天井を取り除くよう命じたことだ。

A氏はその命令が、何の役にも立たなかったと断じている。しかし「鈴木リポート」を読むと、校舎に天井がなかったため、鈴木さんや同級生が、比較的早く外へ脱出することができたと分かる。戦争を体験していないA氏には、誤解があったことになる。

さて、テレビ各局はこの夏も、原爆にかかわるドキュメント番組を放映した。ある局は、被爆死した旧制女学校一年生の遺品の日記帳に基づいて、戦時の女学校生活を浮き彫りにする番組を制作した。

遺品ばかり映したのでは印象が薄いと考えたのか、ドラマチックな手法を組み合わせた。今の女子中学生に戦時中の衣服を着せ、当時の学校生活を再現させたのだ。

被爆を免れて生き残った同級生たちが、その番組を見た。秋の同窓会の席で感想を語り合った。「よかった」と評価する声も多かったが、反対意見もあった。「画面ではみんなズック靴を履いていた。戦争末期のゴム不足の時代にズック靴はなく、ちびたげた履きだった」と。

隣の中学校の男子生徒と手旗信号で交流する場面にも異論が出た。「上級生ならともかく、小学校を卒業したばかりの私たち一年生には、校則に反してまで男子と交際する気持はなかったのに」。一部の局のプロデューサーは、あらかじめ作った"オハナシ"に関係者の談話を組み合わせようとする傾向がありはしないか、とも。悪意はないにしても戦時下の女学校の実情理解が不充分、ということになる。戦争体験のない世代への語り継ぎが、いかに困難であることか。

とはいうものの、やがては戦争体験なき世代を経由しなければ、次の世代へ語り継ぐことができない時代が来る。今のうちに確実にバトンタッチをしておくべきだ。それには、宗教界こそがその機能を果たし得る場ではないだろうか。寺院や教会には、世代を超えた交流の機会がある。そのような場所で、戦争体験の話し合いを重ねてほしい。