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人間性の回復へ「菜園家族」提唱

2009年10月8日付 中外日報(社説)

モンゴルの草原には、ゲルで数代の家族が寄り添って生きる伝統的な遊牧民の営みがある。経済繁栄と引き換えに家族のきずなや心の豊かさを失った日本の生活とは対照的だ。滋賀県立大名誉教授の小貫雅男さんは、長くモンゴルの遊牧地域でフィールドワークした体験を基に滋賀県東端の山村に住みつき、「菜園家族」を提唱している。家族を社会生活に位置付け直す、人間復活への新たなライフスタイル構想を紹介したい。

小貫さんが構想のモデル地域に選んだのは、鈴鹿山脈に発し琵琶湖に流れる犬上川、芹川流域。下流は彦根市だが、流域の大半は森林だ。その最奥地の多賀町大君ヶ畑(おじがはた)に平成十三年、古い農家を借りて「里山研究庵」を設立、構想を温めてきた。流域一帯は、過疎化で廃村になった所や限界集落が山間に点在する。

大君ヶ畑は、近江と伊勢を結ぶ鞍掛峠越えの街道筋で林業が盛んだった。今は人口九十五人の半数が六十五歳以上。集落の約四十戸のうち十数戸は空き家になってしまった。真宗の寺が二つあるのがわずかに往時のにぎわいを偲ばせる。

この地に「里山研究庵」を設けた一つの理由は、効率性のみを追求し、人々の生活基盤である地域をズタズタにした市場競争至上主義経済のゆがみが象徴的に表われていること。もう一つは大君ヶ畑の「森の民」と、農業を主とする下流域の隣町甲良町の「野の民」との炭と食糧品などを交換し合ったかつての交流が今も続いていることだった。山と里が補完し合うことで生態的環境を子孫に伝えてきた先人の知恵を見直す流域循環型社会が、小貫さんの構想の中心にある。

「菜園家族」は、労働力の大都市流出がないよう週休五日の生活スタイルを地域に根付かせることを目指す。週の二日は企業などに勤め、残る五日は地元の農林業など大地と向き合う仕事で所得を補う構想だ。三世代同居の本来の家族の復権が究極の目標だが、賃金労働の時間短縮でワークシェアリングにもつながる。

「夢物語と思われるはず。だが、昨今の経済危機は市場主義社会に潜む構造問題に目を向けさせた。チャプリンのモダン・タイムスではないが、無慈悲な派遣切りも人を働く道具としか見ない思想の表われ。人間性を回復したい、家族をよみがえらせたいという意識変革で大地に向き直る時代は案外早いかもしれません」と小貫さんは説く。

ささやかながら成果も見え始めた。教え子で「里山研究庵」研究員の伊藤恵子さん(大阪大非常勤講師)との十年近い共同作業を通して、地域住民の信頼を深めた。廃校・休園になっていた小学校分校の体育館と保育園園舎を再利用した「菜園家族 山の学校」は、食と農に関する地域住民の勉強会や懇親会などの場になった。この八月には「限界集落サミット」を開催、県外も含め百数十人の参加者が集落の再生策などを語り合い、交流した。

隣町の甲良町が地域起こしのため「菜園家族」構想に注目し、町行政に反映させるための審議会に小貫さんの参加を求めている。

流域に誘致された企業団地に「週休五日制」の勤務形態を理解してもらうのが、当面の課題だ。

小貫さんは昭和十年、内モンゴルの生まれ。滋賀県立大に移る前の大阪外国語大教授の時代からモンゴルの遊牧共同体に関心を寄せてきた。現地の家族の生活模様を撮りためたドキュメンタリー映像作品「四季・遊牧ツェルゲルの人々」を全国各地で上映し、約三万人が観賞した。

そのモンゴルは近年、地下資源をあさる外資の流入で遊牧生活の伝統が揺らいでいるという。「グローバル化は地球規模で地域と家族を破壊してきた。時間がかかろうと、そのアンチテーゼを大君ヶ畑から発信し続けたい」。小貫さんは壮大なロマンを描いている。