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大蔵経の歴史と未来

2009年9月15日付 中外日報(社説)

二年後の二〇一一年は高麗版大蔵経(初●版)の彫造が始まってちょうど一千年に当たる。韓国では記念のシンポジウムなども計画されているようだ。およそ百年をかけた初●版開版の事業、蒙古の兵火に遭って初●版が失われ、現在、海印寺に八万枚の版木(「八万大蔵経」)が収められている再●版が蒙古侵攻という国難の最中に完成される歴史が、それを機に振り返られることになろう。

高麗版大蔵経の開版はお隣の国の話だ。しかし、その影響は日本の歴史に深く及んでいる。本紙「宗教史の地層発掘」の長崎編(平成十五年七月二十四日付)を執筆した佐伯弘次九州大学教授によると、室町時代に朝鮮からもたらされた版本大蔵経は五十セットに及ぶだろう、という。

これらは民間貿易の商品として輸入されたわけではない。室町幕府の歴代将軍や九州探題、大内氏ら有力守護大名、朝鮮と関係が深い対馬の宗氏などが使節を仕立て、あるいはそれらの名をかたる者が"偽使"を送り込み、朝鮮国王に大蔵経を請求したのである。

佐伯教授によれば、第四代将軍の足利義持は高麗版の版木そのものを求め、請求が容れられなかった使節の僧侶はハンガーストライキまでやって圧力をかけた(が、要求は通らなかった)という。高麗版大蔵経に対する日本人の執着には朝鮮側もさぞ驚いたことだろう。

先ごろ東京大学で開かれたシンポジウム「大蔵経と東アジア世界」で研究発表した橋本雄北海道大学准教授は、この大蔵経請求に要した経費を検討している。そこで挙げられた例によれば、長禄四年(一四六〇)、美濃一宮の請経船がもたらした大蔵経に対し、使節派遣の名義人である足利義政に美濃守護土岐氏が納めた御礼が五十貫文だったという。一貫文十万円として約五百万円だ。

橋本准教授が指摘するように、大蔵経の"価格"としてはこれではいくら何でも安すぎるので、朝鮮国王に対する進物の費用や、請経船派遣の経費まで含めて考えるべきだろう。大蔵経請経がかなりの手間と費用を要する大事業だったのは間違いない。

他方、朝鮮側としては使節に対する下賜・贈物であって、日本側の進物に見合う"対価"ではないだろう。比較的気前よく(?)大蔵経を与えていたのは、佐伯教授によると、当時の朝鮮では儒教が主流で仏教が軽んじられていたという事情もあったようだ。

日本における版本大蔵経の嚆矢は江戸初期の天海版(木活字版)で、その後、黄檗宗の鉄眼道光が隠元禅師から授けられた明版(万暦版)大蔵経をもとに版木を制作し、その版本が広い範囲に流布した。

国の重要文化財に指定されている鉄眼版の版木は現在も経本印刷に用いられており、版木を所蔵している黄檗山塔頭宝蔵院のホームページによると、初刷から今日まで累計で二千余の一切経が印刷されたという。明朝体が普及したのも鉄眼版の影響が大きい。鉄眼禅師の事績は、難民救済の事業(一切経開版のため各地で募財した資金を飢饉救済などに優先して充てた)も含め、今日あらためて評価されてしかるべきだろう。

一方、高麗版は周知の通り、わが国の大正新脩大蔵経の底本とされる。その大正新脩大蔵経は最近、仏教界から広く支援を得てデータベース化され、仏教研究の新たな未来を切り開こうとしている。海印寺の再●版の影響もまた遠大なものといえる。

壱岐の安国寺(臨済宗大徳寺派)は、摺写寄進の施主によって巻末に墨書発願文が記された高麗初●版大般若経を所蔵している。この大般若には千年近く昔に記された願文のほかに別筆の記録もあり、安国寺に納められるまでの変遷をたどることができる。

今、消耗品のように毎日刊行され、店頭に出てやがて消えてゆく書籍、雑誌のことを考えると、千年の伝承の過程は気の遠くなるようなものがあるが、データベース化された大蔵経という古いテキストには新たな可能性が開かれている。

その歩みを期待しつつ注目してゆきたい。

●=周の右に隹